【社説】袴田さん再審無罪 検察は控訴を断念せよ

事件発生から58年、袴田巌さんが再審無罪を言い渡された。静岡地裁は判決で、捜査機関が「三つの捏造(ねつぞう)」を行ったと指弾した。正義の砦(とりで)となるべき捜査機関による証拠の捏造などあってはならないことだ。

捜査機関が「三つの捏造」

1966年、静岡県でみそ製造会社の専務一家4人が殺害された事件で、県警は同年8月、強盗殺人などの疑いで住み込み従業員の袴田さんを逮捕。80年、最高裁で死刑が確定した。それから44年を経て判決が覆った。

捜査機関による「三つの捏造」とは、自白の検察調書、犯行着衣とされた「5点の衣類」、袴田さんの実家で発見された5点の衣類の端切れだ。昨年3月再審開始を認めた折、東京高裁は捜査機関による証拠の捏造の可能性に言及していた。

一番の争点は、事件の約1年2カ月後に現場近くのみそタンクから見つかった5点の衣類で、検察はそれに付着した血痕を有罪の決め手としてきた。

判決で国井恒志裁判長は、弁護側の鑑定結果の信用性を認め、「1年以上みそ漬けにされた血痕に赤みが残るとは認められない」と指摘。衣類は発見から近い時期に捜査機関が血痕などを付けてタンクに隠したと認定した。ズボンの端切れも「捏造」とし、5点の衣類は「犯行着衣ではない」と述べた。

被告を有罪にするために捜査機関が証拠捏造までするとは、考えたくもない。しかし、袴田さんは肉体的・精神的な苦痛を与える取り調べを受け、「自白を強制」され、調書も「実質的に捏造された」としている。裁判所はそれらからも、5点の衣類の捏造があったと判断したと思われる。

主張を退けられた検察が控訴するか否かが注目される。検察としては、証拠の捏造まで指摘され、このままでは引き下がれないという思いもあるだろう。しかし、その主張は再三の請求審などでも退けられてきた。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則に基づいて、控訴は断念すべきである。

戦後、死刑が確定した事件での再審公判は5件目だが、そのすべてで無罪判決が言い渡されたことになる。また過去4件では、いずれも検察が控訴することなく、一審で無罪判決が確定している。

逮捕された当初、袴田さんはいったん自白したが、公判では一貫して無罪を主張。死刑確定後も2次にわたる再審請求が行われ、複雑な司法手続きを経て、ようやく2023年に再審開始が決定した。

開始手続きの簡素化を

逮捕当時30歳だった袴田さんは、今では88歳。死刑執行の恐怖におびえる長期の拘禁の影響で心神喪失の状態にあり、再審公判の法廷にも出られなかった。失われた半世紀を少しでも取り戻すことができるよう配慮が必要だ。

事件発生・逮捕から58年、再審の申し立てから43年というのはあまりに長過ぎる。現行の制度では裁判所が再審を決定しても、検察はそれに対し不服を申し立てられる。再審開始までの手続きが延々続くのは問題だ。手続きの簡素化など再審制度の見直しが求められる。

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