中国南部・広東省深圳市の日本人学校に登校中、男に刃物で襲われた日本人の男児が死亡した。なぜ、無辜(むこ)の男児の命が奪われたのか。日本人が襲撃される事件が相次ぐ中、中国当局の情報開示や再発防止への措置が不十分であることは否めず、強い憤りを禁じ得ない。
中国で襲撃が相次ぐ
地元の警察などによると、男児は保護者と一緒に歩いて登校中、校門から約200㍍離れた場所で男に腹部を刺された。地元の病院に搬送され、治療を受けていたが死亡した。男は身柄を拘束され、当局の取り調べを受けている。犯行動機などは明らかになっていない。
中国では6月、江蘇省蘇州市で日本人学校のスクールバスを待っていた日本人母子が男に刃物で襲われて負傷し、案内係の中国人女性が死亡する事件が発生。4月にも蘇州市で日本人男性が切り付けられるなど、日本人を標的とした襲撃事件が相次いでいた。再発を防止できず、今回の凶行を招いたことは痛恨の極みだ。
懸念されるのは、中国側がいずれの事件でも全容を明らかにしようとしないことだ。今回の事件も前科のある者による「個別の事案」との説明にとどまっており、主要メディアもほとんど報じていない。中国政府は情報を統制することで、国際問題化や政権批判に発展することを避けようとしているようだ。
しかし、これは殺害された男児を冒涜(ぼうとく)することにほかならない。また凶悪事件に関する説明が不十分なことは、再発防止や安全確保の観点からも容認できるものではない。中国当局は事件の解明に尽力し、捜査を通じて得られた情報を日本側と共有しなければならない。
事件の起きた18日は、満州事変の発端となった柳条湖事件から93年に当たる。このことが事件と直接の関連があるかは分からないが、中国共産党政権による反日教育や中国メディアの反日報道などが事件の背景にあるとの見方もある。
中国ではSNSで日本人学校に関する事実無根の情報が飛び交っていることも看過できない。「対中工作のスパイが養成されている」など、中国人の反日感情をかき立てるような内容だ。こうした悪意に満ちた情報が事件につながった可能性も否定できない。また不動産不況が長引く中、習近平政権の統制強化で中国社会では閉塞(へいそく)感が広がっており、不満の矛先が外国人に向かっているとも言われる。
安全確保軽視を改めよ
中国では反スパイ法が2014年に施行され、これまでに日本人17人が拘束された。昨年7月には改正反スパイ法が施行され、恣意(しい)的な運用への懸念が強まっている。これに加えて日本人の安全を十分に確保できないのであれば、日中関係の冷却化が一層進むだろう。
事件を受け、在留邦人の間では不安が広がっている。中国に進出する日系企業の中には、日本人駐在員の希望者を対象に、一時帰国の費用を負担するところも出ている。
在留邦人数はピーク時から3割減った。中国当局が日本人の安全確保軽視を改めない限り、さらなる減少は避けられまい。