トップオピニオン社説【社説】新紙幣発行 明治の先人を振り返る機会に

【社説】新紙幣発行 明治の先人を振り返る機会に

新しい紙幣がきょうから発行される。2004年以来20年ぶりのデザイン刷新で、1万円札の肖像には渋沢栄一、5千円札は津田梅子、千円札は北里柴三郎が採用された。

世界初の3Dホログラム

新紙幣には偽造防止のため、傾けると肖像が立体的に動いて見える3次元(3D)ホログラムを世界で初めて取り入れ、透かし部分に緻密な模様を入れた。現行紙幣よりも額面の数字を大きくしたり、紙幣の種類ごとに識別マークの位置を変えたりと、外国人や高齢者、目が不自由な人たちも分かりやすいデザインにした。23年の1万円札の偽造枚数は583枚。一時期に比べて大幅に減少したが、技術向上は欠かせない。新たな技術を偽造根絶につなげたい。

発行開始までにATMの9割以上、駅券売機や小売店のレジの8~9割で対応できる見通しだ。ただ、飲料の自販機では2~3割にとどまるという。キャッシュレス対応自販機が普及する中、切り替えには一定の時間がかかりそうだ。国内では23年、キャッシュレス決済の比率が4割近くに達した。それでも紙幣の存在は大きい。高齢化が進み、非常時に現金が必要となる自然災害も多い日本では、現金へのニーズは当面なくならないとの見方もある。

一方、渋沢、津田、北里の3人が新紙幣の顔となることは、21世紀の日本にとって示唆に富むものだと言えよう。3人とも幕末に生まれて明治維新の激動の中で時代を切り開き、それぞれの分野で先駆者となった。

「日本資本主義の父」と言われる渋沢は、農民出身でありながら、幕臣として江戸幕府15代将軍の徳川慶喜に仕えた。維新後は経済による近代的な国づくりを目指し、生涯で約500の企業に関わった。津田は日本初の女子留学生の一人で、日本における女子教育のため女子英学塾(現津田塾大)を創設。北里は破傷風菌の純粋培養やペスト菌発見などの業績を挙げ、1901年には第1回ノーベル生理学・医学賞の候補にもなった。

渋沢の言葉「論語と算盤」は「倫理と利益」を両立させ、公益を追求するという考え方を示している。企業が世のため人のために働いて利益を得ることで国が豊かになるというものだ。「経済」の語源は中国の古典にある「経世済民(世の中をよく治めて人々を苦しみから救うこと)」であり、日本資本主義の原点を新紙幣発行の機会に振り返ってみたい。

3人が示す教育の重要性

津田は「英語を通して世界に目を向けられる人間を育てる」一方で「英語の技術修得のみに熱中せず、視野の広い女性であれ」と指導。募金は全て女子教育のために投じ、自身は質素な生活を送ったという。北里は「医の真の目的は大衆に健康を保たせ国を豊かに発展させること」と説き、赤痢菌を発見した志賀潔や、黄熱病の研究で知られる野口英世ら後進を育成。渋沢も商法講習所(現一橋大)などの創設に関わった。3人の業績は教育の重要性を示すものだとも言える。先人の優れた知識や技術、そして精神をいかに後世に伝えていくか。少子高齢化が進む日本の大きな課題である。

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