【社説】日中韓首脳会談 意見吐露する場の制度化を

韓国・ソウルで行われた日中韓首脳会談は、共同宣言を採択して閉幕した。
前回中国・成都で行われてから4年5カ月もの中断を経て実現した。それぞれに緊張や懸案を抱える3カ国が合意文書を出せたことは、ひとまず成果を得たと言うことができる。

限界印象付けた共同宣言

しかし、この地域最大の安全保障懸案である北朝鮮の核・ミサイル開発や拉致問題については、3カ国の「立場強調」だけで終わり、相変わらず硬直した地域構造を見せつける形となった。「力や威圧による一方的な現状変更の試みは世界のどこでも容認できない」との文言を入れ込めなかったことも、限界を印象付けた。

共同宣言では、首脳会談と閣僚級会合を定期的に開くことを明記した。どんなに関係が悪い時でも対話のチャンネルが維持され機能することは確かに重要だ。しかし、これも言及されないよりはマシという程度で、情勢や政権の考え方如何(いかん)によっては簡単に反故(ほご)になることはこれまでの例から明らかである。

その中で、韓国で尹錫悦政権が誕生してから急速に日韓関係が改善してきており、尹政権の努力で3カ国首脳会談が再開できた功は大きい。韓国で“反日”政権が続いた間は「歴史問題」を下敷きにした「中国・韓国」対「日本」の構図になりがちだったが、今回は民主主義、自由経済という共通価値を持つ日韓と米国などが対中包囲網を形成する中で、中国を席に着かせた。

中国は日本と沖縄県・尖閣諸島や東京電力福島第1原発の処理水を巡って対立するなど厳しい態度を崩さず、今回の会談ではいずれも解決には至らなかった。韓国に対しては2016年の高高度防衛ミサイル(THAAD)の在韓米軍配備決定を切っ掛けに「限韓令」「禁韓令」を敷いてきたが、人的交流、相互投資の拡充などで窓口が開いた格好だ。

中国が首脳会談に応じた背景には、不動産市場の崩壊、景気の冷え込みなど経済が悪化してきており、日韓との経済関係立て直しに出ざるを得なかった事情があると言われる。外交・安保で対立があったとしても「日本、韓国、中国の経済はドイツ、英国、フランスを上回る」(08年、麻生太郎首相=当時)と言われ、お互いの経済的結び付きは無視し得ない。自由貿易協定(FTA)交渉の再開が約されたのも、経済関係を深化させ、中国が冒険的試みを思い止まり、相互に緊張を管理できる体制に持っていく思惑もあろう。

そのため日本は韓国との協力関係をより堅固にし、韓国で政権交代が起きてもソウルが大陸側に引っ張られていかない状況にすることが望ましい。4月の韓国総選挙で与党が大敗し、左派色の強い野党が政権を攻め立てているが、尹大統領の活動の幅を確保する必要がある。

来年議長国日本の役割大

3カ国とも地域の平和と安定こそが「核心利益」であることを確認し、懸案があるからこそ首脳が顔を合わせ、お互いの意見を吐露できる場を持つ。その「制度化に努める」ことが大いに期待される。来年の議長国日本の役割は大きい。

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