【社説】手術なし性別変更/性自認至上主義に警戒を

性同一性障害の診断を受けた女性が、生殖能力をなくす手術を受けないまま男性に性別変更することが認められた。生物学上の性別と戸籍上の性別が一致しない人の出現は、さまざまな混乱を引き起こす懸念がある。

特に警戒を要するのは「性自認至上主義」つまり性別の自己決定の考え方を広める運動が活発化することだ。今回の事案を生物学的な性別を前提とした社会制度を変える動きにつなげてはならない。

最高裁判断に基づく決定

性別を変更するよう申し立てたのは、戸籍上は女性だが、性同一性障害と診断されホルモン治療を受けていた人(50)で、女性のパートナー(46)とその息子(13)と暮らしている。岡山家裁津山支部は今月、性同一性障害特例法(特例法)が性別変更の要件の一つとする卵巣の除去など生殖能力をなくす手術(生殖不能要件)を受けていない当事者について、男性への性別変更を認めた。特例法は戸籍の性別変更要件として、生殖不能要件のほか、18歳以上で未婚など五つの規定を定めている。

最高裁大法廷は昨年10月、身体への侵襲を受けない自由は憲法13条によって保障されているとして、生殖不能要件について「違憲」判断を下した。これを受け、特例法の改正前でも、同支部は性別変更を認めたのだ。また、性別変更要件には「性器に係る部分」が変更する性別に近い外観を備えていること(外観要件)もあるが、同支部はホルモン投与によって外観要件は満たすと判断した。

この事案によって、手術せず元の性別の生殖能力を残したままで性別変更できる道が広がった形となったが、重要なのは、この決定を性自認至上主義や同性婚の制度化につなげないことだ。生物学的には同性カップルでも戸籍上は異性カップルとなれば婚姻が認められ、婚姻制度の多様化の根拠に利用される可能性がある。

懸念材料がもう一つある。外観要件についてだ。最高裁は外観要件に関する判断を避けて高裁に差し戻したが、侵襲性の観点からすると、手術を要する外観要件も違憲となることが予想される。そうなると、男性器を持つ戸籍上の「女性」が現れることになり、混乱は必至だ。

戸籍上は女性でも、それを抵抗感なく受け入れられる女性はどれほど存在するのか。男性器を持った法的な女性が女性トイレ・温泉などの女性スペースを使用することに対しては大論争が起こるだろう。女性スペースの使用が認められなければ、当事者だけでなく性自認至上主義を推し進めるLGBT(性的少数者)運動の活動家たちが「差別」と主張するのは間違いない。

厚労省通達の法制化を

昨年6月、LGBT理解増進法が成立した後、厚生労働省は公衆浴場や温泉施設では性別を「身体的な特徴」で判断するとの通達を出した。性自認による「不当な差別はあってはならない」とした同法によって女性スペースを巡る混乱が生じることを避けるためだが、通達では弱い。性別変更のハードルを下げる司法判断が出ている現状を踏まえ、通達内容を法律に格上げする対応も必要である。

spot_img
Google Translate »