【社説】建国記念の日 国柄の原点を確認しよう

あすは建国記念の日。初代神武天皇が、大和を平定し橿原宮で即位したとされる日である。今日まで連綿と続く皇統がここに始まり、日本国の礎が築かれた。建国を祝い、国柄の原点を確認する日としたい。

全ての人々を一家族に

2月11日が「建国をしのび、国を愛する心を養う」ことを趣旨とし、建国記念の日に制定されたのは昭和41年。当時、史実としての実証的な根拠に乏しい、あるいは戦前の国家主義の復活などとして左翼歴史家を中心に反対が続いた。

しかし、左翼史家が批判する神武東征と建国伝承は、神話の形で民族の辿(たど)ってきた来歴を物語るものであり、大切にされ、誇るべきものである。何よりそこに、日本の国柄がつくられていく出発点を見て取ることができる。

わが国の国柄の基本は、皇室を国民統合の象徴として戴(いただ)いていることだ。その万世一系の皇統が続くことによって、世界でも類を見ない国家の連続性と統一性、そして安定を保ってきた。

もちろん天皇を中心とした王権が定まるまでには国内で戦いがあり、大和王権が誕生した後も争いはあった。しかし、神武天皇が橿原を都と定めて「掩八紘而為宇(あめがしたをおおいていえとなす)」と発した詔勅(しょうちょく)に、建国の理想が示された。かつての敵も味方も、全ての人々を一つの家族のようにするというものだ。

先の大戦中の「八紘一宇」の標語は、これを拡大解釈したものだが、基本は人々の和合の理想を掲げたものである。皇室と国民が相和し、皇室を中心として国民が共生するという日本の国柄は、ここから始まったと言える。

にもかかわらず、建国記念の日への反対が続いてきたのは、「国家」自体を敵視し、皇室をわが国の中心とすることに反対しているのである。このような主張は、日本社会の保守化と共に支持を失ってきたものの、その反国家主義や皇室軽視の毒は、今も国民の潜在意識に影を落としている。

国の誕生を祝う日であることを考えれば、国民がこぞって盛大に祝うべきである。しかし祝典の開催が、愛国的保守団体に限られるのは、左翼勢力とマスメディアの過大な報道による国民の潜在意識への否定的な刷り込みによる。

時の権力者や政体の変化、国運の隆盛や衰退にかかわらず、わが国は万世一系の天皇を戴くことによって統一と安定を保ってきた。もし皇室が存在しなければ、戦後日本の繁栄はなかっただろう。

そのような歴史を顧みれば、皇族の減少への対策が、何より真剣に検討されるべきであることは明らかである。政府の有識者会議は令和3年末、女性皇族が結婚後も皇族に留まること、旧皇族の男系男子を養子とすることを柱とした提案を行った。

皇位継承の議論進めよ

しかし、その後2年以上の歳月が経過しているが議論は深まっていない。

自民党の「安定的な皇位継承の確保に関する懇談会」も、昨年11月の初会合以来、開かれていない。懸案事項が次々出来(しゅったい)したとしても、議論を停滞させてはならない。

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