今年は岸田文雄首相の場当たり的ポピュリズム、自民党派閥による政治資金パーティー収入の裏金化疑惑の浮上など政治の劣化が露(あら)わとなった。劣化はメディアなど各分野でも進んでいる。
喜多川氏の性加害を黙殺
裏金化疑惑は、自民党の政権基盤そのものを揺るがす問題に発展しつつある。政党の使命は、国民の負託に応え、選挙で掲げた政策を実現することにある。それに反対する野党は、正面から政策論争を行うのではなく、政権のスキャンダルを理由に憲法改正など重要な政策論議を実質的にサボタージュしてきた。
政策実現への覚悟があるのであれば、政治家はまず身辺を奇麗にし、脇を固めておかなければならない。それを怠るのは緊張感が欠如しているからだ。
一方、政治とカネの問題を追及するメディアは、政治家を批判する資格がどれほどあるか。人気男性アイドルを数多く輩出した「ジャニーズ事務所」の創業者、故ジャニー喜多川氏による性加害問題も、週刊誌が報道し、司法でも認定する判決が出ていた。にもかかわらず、テレビ局は事務所、大手新聞社は系列テレビ局への忖度(そんたく)から黙殺し続けた。英BBCという海外メディアが取り上げたことで慌てて追随するのは、かつて田中角栄首相を退陣に追い込んだ「田中金脈問題」の時と同じである。
岸田首相は旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の解散命令を請求した。信教の自由に関わる重い問題であるにもかかわらず、解散請求の要件に民法の不法行為は含まないとの国会答弁を一夜で撤回するなどポピュリズム政治が最悪の形で表れた。
この問題に対しても、メディアは一方的で魔女狩り的な報道に終始した。言論・報道の自由を掲げ、真実を追求し公正な報道を標榜(ひょうぼう)する日本のメディアが自らその基礎を危うくしている。「報道しない自由」を行使し露骨な印象操作を行うなど、中国のような全体主義国家の手法を日本のメディアが取っていることは深刻な問題である。
日本社会をじわじわと根底から劣化させるのが、家庭の弱体化だ。6月に成立したLGBT(性的少数者)理解増進法は、「同性婚」を認める流れに繋(つな)がりかねない。「多様な性」「多様な家族のかたち」がトレンドのような錯覚を与え、伝統的な家庭の価値が引き下げられることが危惧される。
少子高齢化の流れを反転できる「ラストチャンス」として岸田首相は「こども未来戦略」を決定した。「次元の異なる」対策としているにもかかわらず、中身は児童手当や教育費の補助を増やすというものだ。これまでと同じ次元での発想でしかない。婚姻数の減少を抑え、少子化の一因となっている東京一極集中を打破する有効な対策も示されていない。これで少子化の流れを反転できるか、専門家も国民も強い疑問を持っている。
国民にも責任の一端
日本の劣化・弱体化を止めるには、それぞれの分野において基本原則を確認し、もう一度基礎を固め直すしかない。そのためにも国民の覚醒が必要だ。政治の劣化の責任の一端はそれを選んだ国民にある。