戦後日本の繁栄を根底で支えてきた信教の自由が無残に踏みにじられた。このような暴挙が自由と民主主義を標榜(ひょうぼう)する政党の政府によってなされたことは、皮肉では済まされない、日本国にとっての悲劇である。
一夜で法解釈を変更
文部科学省は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の高額献金などの問題を巡り教団の解散命令を東京地裁に請求した。盛山正仁文科相は、長期にわたる献金を巡る被害の訴えや民法上の不法行為があるとして、解散命令の事由の「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」に該当するなどと説明した。
これに対し、教団は「当法人を潰すことを目的に設立された左翼系弁護士団体の偏った情報に基づいて、日本政府がこのような重大な決断を下したことは痛恨の極み」と批判。「裁判で法的な主張をし、教団を理解してもらえるよう積極的な情報発信に努める」との見解を発表した。
宗教法人法に基づき、宗教団体が法令違反などで解散を命じられたケースは、地下鉄サリン事件などのテロ事件を起こしたオウム真理教、霊視商法詐欺事件で幹部が有罪判決を受けた明覚寺の2例のみ。いずれも教団幹部が刑事事件で有罪となっているが、旧統一教会の場合、幹部の刑事事件での有罪はなく、民法上の不法行為を根拠に解散命令請求をするのは初めてだ。
岸田文雄首相は昨年10月の国会答弁で、解散命令の要件となっている法令違反は刑事事件を指すとの見解を示したが、一夜にして解釈を変更。民法上の法令違反も入り得るとした。
憲法20条で保障された信教の自由は、戦後日本の自由な社会の発展の基礎となり、自由と民主主義を奉ずる世界の国々と共有する価値観の中枢を成すものだ。それだけに政府は公平さと慎重さをもってこの問題に対処すべきであった。
解散請求の決定後、岸田首相は「今回の判断は宗教法人法の法律に基づいて手続きを進め、客観的な事実に基づき厳正に判断をしたと認識している」と述べたが、法解釈の朝令暮改に始まり、当初から「解散請求ありき」の姿勢で対処してきた疑いが濃厚である。
文化庁は7回にわたり教団への報告徴収・質問権を行使。さらに元信者や被害を訴える人々170人余りからも聞き取りを実施し、約5000点の証拠を集めたという。しかし、どれだけ公平な情報収集が行われたのか疑問だ。
安倍晋三元首相の暗殺事件で浮上した自民党と教団との関係が、野党やメディアの激しい批判の対象となり、岸田首相は事件の全容も明らかにされないうちに早々と旧統一教会との「関係断絶」を宣言。その後も、メディアの魔女狩り的報道や追及が続いた。
解散請求に踏み切ったのは、選挙を前に旧統一教会との断絶の証しが必要との思惑によるものであることは明らかだ。政府が政治的な思惑で恣意(しい)的な法解釈を行うことは、法治国家の根幹を揺るがしかねない。
政府がターゲットにした特定の教団が、解散請求の対象になるということは、信教の自由を脅かす悪(あ)しき前例となりかねない。文科省が諮問した宗教団体幹部や学者による宗教法人審議会での議論の中身は公開されていないが、日本における信教の自由侵害への危惧は、日本の宗教団体よりも海外の宗教団体や学者が深刻に受け止め警鐘を鳴らしている。
岸田首相の前のめり姿勢を後押ししたのは、7割近くが解散請求を妥当とする各種世論調査の結果である。マスメディアの一方的報道に影響されたものとはいえ、教団はその事実に改めて深刻に向き合うべきである。発信力の弱さだけでなく、教団が本来目指してきたことから外れた部分はなかったか、根本からの反省に立った改革が求められる。
司法の場で公正な判断を
今後、教団の解散問題は司法の判断に委ねられる。政府の決定は政治的な利害や思惑が大きく作用したが、司法の場では法の番人による公正な審理、判断が望まれる。