岸田文雄首相は北大西洋条約機構(NATO)首脳会議出席のため訪問したリトアニアで韓国の尹錫悦大統領と会談し、韓国側で懸念が根強い東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出について「安全性(の確保)に万全を期す」と強調した。科学的なデータを丁寧に発信し、韓国をはじめ国際社会の理解を得ていく必要がある。
尹氏はIAEA報告尊重
首相は「日韓両国民の健康や環境に悪影響を与える放出は行わない」と表明。放出の際のモニタリング(監視)情報を速やかに公表し、放射性物質の濃度が基準値を上回った場合などはすぐに放出を中断する方針も説明した。
国際原子力機関(IAEA)は今月、処理水放出が「国際的な安全基準に整合的である」と結論付けた包括報告書を公表。IAEAのグロッシ事務局長は公表後、韓国を訪れて朴振外相らに報告書に関する説明を行った。尹氏が首脳会談で、報告書の内容を尊重する意向を示したことの意義は大きい。
韓国も今月、独自の検証結果を発表。IAEAなどの国際基準に合致するとの見解を示し、韓国の海域にはほとんど影響を及ぼさないとも結論付けた。しかし国民の不安は依然強く、世論調査機関「韓国ギャラップ」が6月末に公表した調査結果では、処理水放出を「心配する」との回答が78%に上った。韓国の最大野党「共に民主党」は放出に激しく反対している。
尹政権発足後、韓国が元徴用工問題で政府傘下の財団が日本企業の賠償を肩代わりする解決策を示したことによって、日韓関係の改善が急速に進んだ。韓国が処理水放出で容認に転じたのも、こうした流れを受けたものだと言っていい。
欧州連合(EU)は、福島第1原発事故後に行っていた日本産食品の輸入規制を8月にも撤廃する方針だ。規制を続ける韓国も、撤廃実現への取り組みを進めてほしい。
一方、香港は処理水放出が実施された場合、福島など10都県の水産物の輸入を禁止すると発表した。既に輸入を停止している中国と歩調を合わせた形だ。風評をあおるような一方的な措置は看過できない。
処理水には、多核種除去設備(ALPS)では除去できない放射性物質トリチウムが含まれる。もっともトリチウムは、人体に入っても濃縮されずに新陳代謝で体外に排出される。政府はトリチウム濃度を国の基準値の40分の1未満に薄め、原発から約1㌔の沖合に放出する計画だ。こうした説明を何度も繰り返し、国内外の不安を払拭する必要がある。
地域の安定に尽力せよ
首脳会談では、北朝鮮による大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射を受け、米国を交えた3カ国で連携して対処していく方針を確認した。ミサイルは北海道の奥尻島西方約250㌔の排他的経済水域(EEZ)外に落下したとみられている。高角度の「ロフテッド軌道」で発射されたが、通常の角度であれば飛距離は米全土を射程に収める1万5000㌔を超えるという。日米韓は防衛協力を進め、地域の安定に尽力すべきだ。