国立研究開発法人「産業技術総合研究所」の研究情報を中国企業に漏洩(ろうえい)したとして、所属研究員である中国籍の男が不正競争防止法違反(営業秘密の開示)容疑で逮捕された。
スパイ行為は決して許されないが、産総研の側にも情報漏洩に対する認識の甘さがあったと言わざるを得ない。
表彰され習主席と面会
男は2018年4月、営業秘密に当たるフッ素化合物の合成技術情報の研究データをメールで中国企業に送信した疑いが持たれている。18年1月に行われた中国の全国科学技術大会で、男は地球温暖化を防ぐフッ素化合物の研究実績によって表彰され、会場を訪れた習近平国家主席とも面会したという。中国政府が重視する技術情報の一つだったとみていい。
産総研は産業技術の開発や実用化に取り組む国内最大級の国立研究機関で、経済産業省が所管している。02年から主任研究員として勤務していた男は、中国軍の兵器開発とつながりが深いとされる「国防7校」の一つ、北京理工大の教員を兼任していたこともあるという。
7校は外国の資金や技術の軍事転用で国力増大を図る「軍民融合」の中心的存在で、日本の先端技術研究に携わる人物が教員として勤めていたことは、日本の安全を脅かしかねない事態だ。警察は事件の徹底解明に全力を挙げなければならない。
中国はさまざまな技術情報を集めるため、日本企業に人を送ったり、日本で働く中国人を取り込んだりしている。これに対し、日本の研究機関や大学などが人材を受け入れる場合、疑わしい人物を排除する体制は整っていない。
ただ今回の事件に関して言えば、男と中国政府との関係を示す情報は、インターネットで簡単に閲覧できる。産総研がこれに対応しなかったのであれば、危機意識が欠けていると言わざるを得ない。機密情報の管理体制を強化すべきだ。
近年は先端技術の国外流出が相次いでいる。20年1月には、ソフトバンクの元社員がロシアの外交官に唆され、電話基地局に関する機密情報を漏洩したとして逮捕された。20年10月には、積水化学工業の元社員がスマートフォンに使われる素材の機密情報を中国企業に漏洩したとして書類送検され、後に有罪判決を受けた。
営業秘密の外部流出を防ぐため、政府は15年7月の不正競争防止法改正で、罰金刑の上限を個人は1000万円から2000万円、法人は3億円から5億円に引き上げ、海外企業への漏洩は3000万円、10億円とした。しかし、十分に抑止できていない。
政府は機密情報を取り扱える資格者を認定する「セキュリティー・クリアランス(適性評価)」制度の創設を検討している。22年5月に成立した経済安全保障推進法には盛り込まれなかった。危機感を高め、導入を急ぐべきだ。
再発防止に欠かせない
ただ対策を強化しても、スパイ行為を取り締まる法律がなければ、情報漏洩は何度も起こり得る。再発防止にはスパイ防止法の早期制定が欠かせない。