厚生労働省は、今週開く薬事分科会で経口妊娠中絶薬について承認の可否を判断する。分科会下部の第1部会はすでに承認を了承しており、承認される見通しだ。
承認されれば国内初
母体への負担を減らす選択肢があることは否定すべきものではない。しかし、中絶は産声を上げるはずの胎児の命を絶つものだ。リスクの低さがあだとなって「生命の尊厳」軽視の風潮を助長してしまうことが懸念される。少子化が年々深刻化する中、出生数増加の方策が論議されている現状との矛盾も感じる。慎重な審議を促したい。
審議対象の薬は「メフィーゴパック」(英国製薬会社)。妊娠継続に必要な黄体ホルモンの働きを抑える「ミフェプリストン」と、子宮を収縮させて胎児を排出させる働きがある「ミソプロストール」を組み合わせて使い妊娠を終わらせる。
妊娠9週までが対象で、承認されれば国内初の経口中絶薬となる。臨床試験では、投与を受けた妊婦の93%が24時間以内に中絶に至り、安全性にも問題がないことが確認されたという。
母体保護法では、妊娠22週未満であれば中絶が認められている。2020年度の中絶件数は約14万1000件で、前年度に比べ約1万5000件(9・6%)減った。これまでの中絶は「掻爬(そうは)法」と「吸引法」による手術で行われてきたが、特に掻爬法は子宮を傷つける恐れがある。母体の負担軽減だけを考えれば、副作用や失敗のリスクがあるとは言え、飲み薬による中絶には利点があるように見える。
だが、中絶薬の是非を、女性の健康を守るという視点のみから論ずるわけにはいかない。生命の尊厳という、人間にとってより根源的なテーマと関わっているからだ。中絶の減少傾向は望ましいものだが、現状でさえこの生命の尊厳という視点からは、重大な疑念を持たざるを得ないのである。
中絶が合法と言っても、それは妊娠の継続・分娩(ぶんべん)が身体的、経済的理由で母体の健康を著しく害する恐れがある場合と、暴行・脅迫によって妊娠した場合に限られている。後者はやむを得ないが、問題は前者だ。経済的理由が拡大解釈され、いわゆる「望まない妊娠」を終わらせるための中絶が広く行われている現実がある。中絶薬の導入は、生命の尊厳を軽視する風潮をさらに強めるのではないか。
最近は、リベラル思想の影響で「生む生まないは女性の権利」との主張も散見される。女性団体などは、女性の“中絶権”を広げるものとして、中絶薬承認を求める声を上げるが、中絶はあくまでやむを得ない場合に限られるべきもので、こうした主張には違和感を覚える。
胎児の命守る環境整備を
わが国は、年間出生数が80万人を割り込むという深刻な少子化の最中にある。本来、大きな可能性を秘めた命が毎日平均390件も絶たれている現実を重く受け止めたい。望まない妊娠を減らすとともに、生みたくとも妊娠できない夫婦が増えているのだから、政府は特別養子縁組についての理解を深めるなど、胎児の命を守る環境整備に力を入れるべきだろう。