安倍晋三元首相が銃撃され死亡した事件で、奈良地検は山上徹也容疑者を殺人と銃刀法違反罪で起訴した。歴代最長政権を担った元首相を選挙遊説中に襲撃するという事件は、民主主義の根幹を揺るがし、社会に与えた影響は大きい。真相の徹底解明と厳正な審理が求められる。
いまだに残る事件の謎
起訴状などによると、山上容疑者は昨年7月8日午前11時半ごろ、奈良市の大和西大寺駅前で、参院選の応援演説をしていた安倍氏に背後から手製銃を発砲し、殺害したとされる。
しかし事件当日、救命治療に当たった奈良県立医科大付属病院の医師の所見と、その後、警察が発表した司法解剖の所見が大きく異なるという問題を残した。心臓の損傷の有無という重要な点で相反し、疑問の声が上がっている。
奈良県警本部長は昨年9月、この問題について県議会で説明を行ったが、同じ内容を繰り返すだけで疑問は払拭(ふっしょく)されていない。致命弾となった弾も発見されていない。県警は山上容疑者の単独犯行の線で捜査を進めてきたが、背後関係を含めて全容解明が必要だ。
国内外で大きな影響力を持っていた安倍氏の殺害事件にさまざまな疑問が投げ掛けられているにもかかわらず、警察が十分な説明を行わないのは全く腑に落ちない。県議会での説明でお茶を濁すなど、安倍氏の死を矮小化(わいしょうか)しようとするものと言わざるを得ない。国会で委員会を設置し真相を究明すべきである。
容疑者は約5カ月半の鑑定留置で、心神喪失などの状態にはなく刑事責任能力を問えると判断された。捜査関係者から、容疑者は母親が入信していた世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への恨みがあり、安倍氏が教団と親しかったと思い込み襲撃したとの供述が伝えられている。
その後のマスメディアの魔女狩り的報道で国民の関心は旧統一教会に向かい、岸田文雄首相は、事件の全容、旧統一教会の実態が明らかになる以前に自民党と教団との決別を宣言した。さらに、事件が旧統一教会への献金に絡むものであったことから、被害者救済新法が成立・施行され、教団への解散命令請求を視野に入れた質問権の行使が初めて行われた。
これらの動きは、民主主義の基礎である信教・内心の自由を侵害する恐れのある問題である。そればかりでなく、容疑者の狙い通りの動きとなっている。容疑者は直接的恨みはないにもかかわらず、有力政治家である安倍氏を殺害することで、世論や社会を動かし、教団に対する恨みを晴らそうとした。暴力によって社会に影響を与え、目的を達しようとするのはテロ以外の何物でもない。
手製銃への対策強化を
一部で容疑者への同情論や、英雄視する風潮があるのは憂慮すべき事態だ。いかなる理由があろうと、日本はテロを容認する社会となってはならない。
容疑者が手製銃で安倍氏を襲撃したことも、日本社会の将来に暗い影を投げ掛けた。社会に対し恨みや反感を持つ者が同じような事件を起こさないか。治安当局は、ことの重大さを認識し、対策を強化すべきだ。