岸田文雄首相は防衛・財務の両閣僚に、防衛費を2027年度に国内総生産(GDP)比2%まで増額することを指示し、5年間の防衛費総額をこれまでの1・5倍に当たる約43兆円とする方針を示した。
また27年度以降必要となる約4兆円の予算増について、3兆円は歳出削減などで補うが1兆円は増税で賄うとし、国債の発行を否定した。年内に結論を出すようにとの首相の指示を受け、法人税増税を軸に政府・与党で検討が進められている。
閣内不一致が表面化
しかし、自民党内部では異論が噴出している。党本部の会合では、増税が景気を冷やす不安や年内の増税決定は拙速に過ぎるとの批判、また来春の統一地方選への影響や今夏の参院選で増税を公約に掲げなかったこととの整合の無さなどが指摘され、岸田政権の増税方針に反対や慎重な対応を求める意見が8割にも上ったという。
さらに西村康稔経済産業相は、この5年間が日本経済再生の最後の機会であり、企業増税は慎重であるべきとの考えを示し、高市早苗経済安全保障担当相は「首相の突然の増税発言に驚いた、反論の場もないのか」とツイートするなど閣内の不一致も表面化している。
背景には、岸田政権の抱える問題がある。一つは官邸の党に対する調整力不足である。先の臨時国会は、閣僚の外遊で予算委員会審議が中断した。また、新たに閣僚に選ばれた議員が国会の役職に就くなどあり得ないミスが続いた。増税方針の発表も、直前に首相が一部の党幹部と会談しただけで、党への調整や根回しが不十分だった。
問題の二つ目は、安倍政権当時の政高官低の構図が岸田政権になって政低官高に変移し、財務省など官僚機構を統率する力が弱くなったことだ。先に「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」が政府に提出した報告書でも、防衛力強化の財源は「国民全体で広く負担」すべきと増税が強調され、収支均衡に固執する財務官僚の考えが前面に押し出された。
今回の方針も、首相自身の考えというより財務省の意向に添ったものに思える。首相は「未来の世代に対する責任を取り得ない」として国債を否定するが、一方で「財源確保のためあらゆる努力をする」とも述べている。防衛力の抜本的強化を実現するには、国債発行は検討すべき有力な選択肢であり軽々に排除すべきではない。安倍晋三元首相も財源に国債を考えていた。
そもそも企業に賃上げを要請しながら、同時に増税を求める政策は整合を欠く。増税で賃上げが見送りになれば、労働者にしわ寄せが及ぼう。重要な国策の決定に際しては、官僚主導ではなく、国民の負託を得た政治家が指導力を発揮すべきだ。首相は増税方針を撤回し、国債発行を含む財源確保の方策検討を命じる必要がある。
問われる首相の決断力
いま首相がなすべきは、防衛政策の大転換を成し遂げるため自らが先頭に立ち、与党、そして国民の理解と支持獲得に全力を注ぐことだ。「聞く力」よりも「決断力」や「説明し、説得する力」が問われている。