東京電力が福島第1原発から出る処理水を海洋放出する設備の建設工事を始めた。ただ風評被害への懸念は根強く、設備が完成しても実際の放出に当たっては地元関係者の理解が必要になる。政府と東電には風評被害への対策強化が求められる。
漁業者が海洋放出に反対
処理水は2011年3月の事故で溶け落ちた核燃料を冷却することで生じた汚染水から、トリチウム以外の大部分の放射性物質を除去したもの。原発の敷地内で約130万㌧が1000基以上のタンクに保管され、現在も1日当たり最大で150㌧増え続けている。
建設する設備には、処理水を約1㌔先の沖合に放出するための海底トンネルのほか、処理水を攪拌(かくはん)した上でトリチウム以外の放射性物質が基準未満かどうか調べるタンクや配管がある。また、放出前に海水で薄め、トリチウム濃度を国の基準値の40分の1未満、世界保健機関(WHO)の飲料水基準の7分の1程度にするための希釈設備などもある。
原子力規制委員会は先月、東電の放出計画を認可。福島県と福島第1原発が立地する大熊、双葉両町は今月に入って東電に建設了承を回答していた。来年春ごろの工事完了を目指すが、処理水放出に向けた具体的な歩みが始まったと言えよう。
しかし海洋放出には、風評被害への懸念から漁業者が一貫して反対している。政府と東電は懸念解消に向けた取り組みを強化すべきだ。
経済産業省は、処理水を海洋や大気に放出した場合の放射線の影響が、自然界の放射線に比べ「十分に小さい」とする推計結果をまとめている。処理水は19年10月末時点で約117万㌧に上っていたが、1年間で処理した場合、海洋放出では最大0・62マイクロシーベルト、大気放出では1・3マイクロシーベルトと推計された。一方、日本国内では宇宙線や食物から平均で年間2100マイクロシーベルトの自然放射線を受けている。
国際原子力機関(IAEA)も今年4月、海洋放出の安全性を検証する調査団による最初の報告書をまとめた。報告書は処理水放出の場合に放射線が人体に与える影響について、東電の分析結果を踏まえて「日本の規制当局が定める水準より大幅に小さいことが確認された」と指摘している。風評被害を最小限に抑えるため、こうした推計や検証結果を効果的に発信する必要がある。
世界各国では法令に基づき、海や河川にトリチウムが放出されている。だが復興庁が1、2月に10カ国・地域を対象に実施した意識調査の結果によると、このことを知っていると答えた人の割合は日本で29・0%、米国では16・0%と低かった。こうした状況も改善しなければならない。
廃炉に向け喫緊の課題
処理水を保管するタンクは、廃炉作業の妨げとなっている。作業の本格化には、処理水とタンクを減らすことが喫緊の課題である。
福島第1原発の廃炉を実現してこそ、復興を成し得たと言えるのではないか。政府と東電は海洋放出への理解を得られるよう丁寧な説明を重ねるべきだ。