【社説】日本共産党100年

参院選後退で曲がり角に
日本共産党が創立100年を迎えた。党機関紙「しんぶん赤旗」は「新しい歴史をともにつくっていこう」と呼び掛けた。だが、直近の参院選で目標に届かず、革命路線の問い直しを迫られている。志位和夫委員長率いる共産党は今また、新たな曲がり角に来ている。

見えない革命の道筋

日本共産党は、世界革命の総本山だったコミンテルン(国際共産党)の指示で支部として誕生した。コミンテルンの資金援助を受け、「天皇制打倒」の綱領も与えられて非合法活動を行った。終戦直後は占領軍により獄中の幹部が次々と釈放され、米軍を大歓迎した。

ところが、1949年からレッドパージにより共産党員らが公職追放され、50年から始まった朝鮮戦争でソ連、中国、北朝鮮を後方支援するための武装闘争を日本全国で展開。中国共産党などから大量の麻薬を密輸し、米軍基地周辺で戦意喪失のため米軍人らに売却するなどして参戦した。その後、宮本顕治委員長が自主独立路線を主導、不破哲三議長によるスマイル・ソフト路線を経て、それを継承する志位委員長に至っている。

それらの「到達点」が今回の参院選で示された数字だ。参院選比例代表の目標は、「650万票、得票率10%以上、5議席絶対確保」だった。結果は、361万8千票、得票率6・8%、3議席にとどまり、改選6議席から4議席に後退した。「赤旗」部数や党員の減少などにより党勢の衰えが指摘されてきたが、基礎票とされる400万票を大きく割ったことは、その低落傾向を明確に裏付けている。

だが、選挙総括では志位委員長が「責任を重く受け止める」と語ったにとどまった。20年以上続投しても誰も志位氏にとって代わり党再建に意欲を燃やそうとする者は出てこない。逆に、「改憲を阻止するたたかいの先頭に立つ」とし、日本の政治を変えるために「市民と野党の共闘を広げる」方針を再確認したという無反省ぶりだ。

100年を振り返れば、戦前、戦後を通じたほとんどの時期、国政レベルでは共闘から除外された。野党共闘を通じての「野党連合政権」の樹立を掲げ、昨年10月の衆院選では、立憲民主党と初めて政権枠組みの合意を結んで挑んだが、立民とともに議席を減らした。そのため立民は今回の参院選で一部の共闘にとどめ、両党とも大きく後退した。年内の連合政権樹立は全くの夢に終わったのである。

しかも、新しい歴史を共にどうつくるのかの具体的展望がいまだにない。綱領には民主主義革命の文字はあっても社会主義革命の文字はない。志位氏は、「自分たち日本でこそマルクス・エンゲルスの世界を実現する。その世界史的挑戦を日本が行っている」と語るが、その「世界」の青写真を示すことはマルクスが禁じているから語らないという。それでは革命の道筋は見えてこない。

新たな現実的綱領を

節目を迎えた共産党に求めたいのは、「革命路線」を捨て新しい現実的な綱領を作り、党名を変更して出発することだ。それこそが、真に国民が主人公の政党に生まれ変わる道である。

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