参院選の演説中だった自民党の安倍晋三元首相が、銃撃され死去した。言論を暴力で封殺する蛮行は決して許されない。あすの投開票日の直前というタイミングで、しかも政策表明をしている最中の犯行は民主主義への挑戦でもある。
憲法改正実現できず
容疑者は「安倍元首相の政治信条への恨みでやったわけではない」と話しているというが、警察はその言葉の真偽も含め、犯行の動機や背景を徹底解明すべきである。また、志半ばにして凶弾に倒れた安倍元首相に対しては衷心より哀悼の意を表したい。
岸田文雄首相は「民主主義の根幹である選挙が行われている中で起きた卑劣な蛮行であり、決して許すことはできない。最大限の厳しい言葉で非難する」と強調した。世界各国・地域の指導者たちも衝撃を受けている。暴力によって選挙戦が影響されてはならない。
昨今の政治家年齢ではこれからが本番とも言える67歳で生涯を終えた安倍元首相は、憲法改正という祖父、岸信介元首相の悲願を志に据えて政治家になった。首相に2度就任し、在職期間は連続2822日、通算3188日と、憲政史上最長を更新した安倍元首相の国会演説には「憲法改正」への決意が必ず込められていた。
「戦後レジームからの脱却」をスローガンに新しい国づくりへの意欲を燃やした。「戦後レジームを原点にさかのぼって大胆に見直し、新たな船出をすべきときが来ている」とし、「次の50年、100年の時代の荒波に耐え得る新たな国家像を描いていくことこそ私の使命だ」とも言い切った。
安倍政権になって最初に実現したのが、教育基本法の改正だった。安倍元首相が「国に対する愛着愛情、道徳心、そういった価値観を今まで疎(おろそ)かにしてきたのではないか」と国民に問い掛け愛国心を涵養(かんよう)する重要性を説き続けたことは高く評価したい。改憲のための国民投票法を成立させ、防衛庁を防衛省に昇格させたのも国づくりへ新たな歩を進めたものだ。
安倍元首相の座右の銘は、尊敬する幕末の志士、吉田松陰と同じ「至誠にして動かざる者未だ之れ有らざるなり」だった。「誠を尽くして動かし得ないものはない」という強い信念の下、改憲に懸命に取り組んだが、志を実現することはできなかった。北朝鮮による拉致問題の解決も「条件を付けずに、金正恩委員長と向き合う決意」を表明したが道半ばとなった。
集団的自衛権の行使容認や平和安全法制(安全保障関連法)を整備し、国際社会における日本の地位向上に尽力したことは大きな業績の一つと数えられよう。トランプ前米大統領との信頼関係を土台に、地球儀を俯瞰(ふかん)する積極的平和主義外交を展開。「自由で開かれたインド太平洋」の実現を目指し中国包囲網を形成してきた外交戦略を主導した意義も大きい。
志を継承して国政を
保守の要の政治家を失った影響は非常に大きい。
だが、その志を継承して国政に対処することが政治家に求められよう。