国を超えて人権擁護の先頭に立つべき国連が抑圧者の宣伝に利用された。バチェレ国連人権高等弁務官の中国・新疆ウイグル自治区視察は、そんな結果しか残さなかった。中国の人権弾圧に対して国連による本格的な調査が求められる。
人権高等弁務官が訪中
国連人権高等弁務官の中国訪問は2005年以来となるが、6日間の滞在中、バチェレ氏の視察は西部カシュガルと区都ウルムチの2カ所に限られ、滞在期間も2日間しかなかった。新型コロナウイルスの感染対策を理由に、外部との接触を制限する「バブル方式」が取られ、記者団の同行もなかった。
こんな条件下で人権状況に迫れるわけがなく、グテレス国連事務総長も「信用に足る訪問」となるよう求めていた。しかし訪問日程終了後の記者会見で、バチェレ氏は訪問目的について「調査ではない」と述べ、中国の人権弾圧を憂うる世界の人々を唖然(あぜん)とさせた。そのような条件下での訪問は、中国当局の宣伝に利用される可能性が高い。
滞在中、バチェレ氏は習近平国家主席と会談し、同自治区で行方不明になっている人々に関して家族に情報提供を行うよう要請。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は「中国と世界の人権問題と懸念を直接議論する貴重なものだった」と意義を強調した。
しかし、中国外務省はバチェレ氏が習氏との会談で、中国の貧困撲滅や人権保護などの努力と成果に「感服している」と語ったなどと発表。バチェレ氏は「正しくない引用があった」と述べている。中国は、今後も今回の訪問をデマ宣伝に利用していくと思われる。
新型コロナウイルスの発生源に関する調査で、中国・武漢を訪問した世界保健機関(WHO)の報告が、「武漢起源」説を否定したい中国の思惑に沿った方向に利用された。バチェレ氏の訪問は、その二の舞いを演じる形となった。
バチェレ氏の訪問中、ドイツ誌シュピーゲルによって、中国のウイグル人への人権侵害に関する衝撃的な内部資料が明らかにされた。資料には自治区西部イリ・カザフ自治州テケス県の収容所で、拷問用の拘束具に座らされる男性や、背中に傷を負った男性らの写真があり、自治区トップの党委員会書記が「(収容所から)数歩でも逃げようとした者は射殺せよ」と述べたことなどが記されている。
さらに英BBCによると、趙克志公安相が18年に新疆を視察した際の演説で、習氏が「200万人」の収容目的を達成するための施設の建設や資金の増額といった「重要指示」を出したことも明らかとなった。
中国に毅然とした姿勢を
バチェレ氏は滞在中、この資料について中国当局に問いただすべきだった。まともな返答は期待できないとしても、人権の監視塔の責任者として毅然(きぜん)とした姿勢を示す必要があった。
国連はウイグルをはじめとした中国の人権侵害に関する調査を本格的に行う必要がある。そうでなければ、OHCHRの存在意義そのものが疑われるだけでなく、かえって世界の人権擁護にマイナスとなりかねない。