【社説】重信元幹部出所 過激派の武装闘争を忘れるな

出所した国際テロ組織「日本赤軍」の重信房子最高幹部(手前二人目)=28日午前、東京都昭島市

1974年のオランダ・ハーグの仏大使館占拠事件で有罪判決を受けた国際テロ組織「日本赤軍」の重信房子元最高幹部が、懲役20年の刑期を満了して出所した。日本赤軍をめぐっては、世界各地で起こしたテロ事件に関与したとして国際手配されたメンバー7人が逃亡を続けている。引き続き警戒が必要だ。

海外で日本赤軍を結成

日本赤軍は、70年安保闘争を主導した共産主義者同盟赤軍派の重信元最高幹部らが、武力革命の拠点を求めて海外に渡り、結成したテロ組織。きょうで発生から50年となるイスラエルのロッド空港乱射(72年)は、現在も国際手配中の岡本公三容疑者らメンバー3人が銃を乱射し、旅行客ら二十数人が死亡した残忍な無差別殺傷事件だ。

マレーシアの米大使館などを占拠したクアラルンプール事件(75年)と、日航機を乗っ取ったダッカ事件(77年)では、人質解放の条件として獄中のメンバー11人を釈放させた。日本赤軍を率いた重信元最高幹部は2000年11月、大阪府内で潜伏中に逮捕された。

1970年代は国内でも、日本に残った赤軍派メンバーが連合赤軍を結成し、あさま山荘事件を引き起こした。赤軍派以外でも、中核派が警察官を焼殺した渋谷暴動事件や警察官3人が殉職した東峰十字路事件などが発生し、「東アジア反日武装戦線」による三菱重工ビル爆破事件では8人が死亡するなど、極左過激派の武装闘争で多くの犠牲者が出た。

現在も日本赤軍メンバーのほか、70年に日航機「よど号」ハイジャック事件を起こした赤軍派メンバーが国際手配されている。北朝鮮在住のよど号メンバーは日本人拉致にも関わった。中核派や革マル派は反原発闘争や米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設への反対運動などに介入しており、テロへの警戒は怠れない。

その意味で、メディアが重信元最高幹部の出所を大きく扱うのは理解できる。しかし、一部で彼女を英雄視するような風潮があることは問題だ。共産主義者は革命のため、平気で人命を奪うことを忘れてはならない。

過激派を批判する共産党も、50年代には警察官を殺害した練馬事件や白鳥事件、さらに血のメーデー事件などの騒擾(そうじょう)事件を引き起こした。これが破壊活動防止法制定につながり、共産党は現在も公安調査庁の調査対象団体だ。

昨年9月に当時の加藤勝信官房長官は、共産党の「いわゆる敵の出方論」に立った暴力革命の方針について「変更ないものと認識している」と述べた。敵の出方論は「革命の形態が平和的になるか非平和的になるかは敵の出方による」(公安調査庁ホームページ)というものだ。

共産党は暴力革命路線を打ち出した51年綱領について「分派が勝手に作った文書」などと責任転嫁している。「平和的・合法的に社会変革を進める」としているが、こうしたソフト戦術に惑わされてはなるまい。

共産党は国民に謝罪せよ

今年は党創立100年に当たる。これを機に共産党は現在までの歩みを「総括」し、罪を認めて国民に謝罪すべきだ。

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