
北海道・知床半島沖で発生した観光船「KAZU Ⅰ(カズワン)」の遭難事故をめぐっては、運航会社「知床遊覧船」のずさんな安全管理の実態が次々と明らかになっている。
観光船には乗客乗員26人が乗船しており、既に半数以上の死亡が確認されている。全ての交通機関は安全を最優先し、悲惨な事故の再発を防止しなければならない。
無線壊れたまま出航
安全軽視が表れているのは、同社の事務所に設置されていた無線のアンテナが折れていたにもかかわらず観光船を出航させたことだ。記者会見した社長は「携帯電話や他の運航会社の無線でやりとりができるので、出航を停止する判断はしなかった」と釈明した。
しかし人命を預かる立場で、無線が壊れた状態で船を航行させたことはあまりにも軽率ではないか。安全第一の意識が徹底していれば、アンテナを修理してから船を出したはずである。
事故当日の4月23日は波浪注意報や強風注意報が出ており、社長も把握していたという。ただ午前8時に船長と打ち合わせした時点では港周辺の波風は強くなかったとして、海が荒れれば引き返す「条件付き運航」で出航を決定していた。
同社は「波が0・5㍍以上」の場合は欠航するとしている。一方、波浪注意報は約2・5㍍以上に達すると予想される場合に発表され、出航時点で波が高くなくても荒天になるとみられる時は運航を中止すべきだ。「条件付き」などという考え方はあり得ない。
このほか、事故2日前の時点で自船の位置を知らせる全地球測位システム(GPS)装置が船に設置されていなかったことも判明している。こうした状況で船を出したことは無謀だとしか言いようがない。
社長については「海への知識が十分でない」との指摘も出ている。同社では数年前に社長が交代した後、船長らの離職が相次ぎ、人手不足に陥っていた。事故を起こした船の船長は、新型コロナウイルス禍で退職後に同社で働き始めたが、周辺海域に精通していなかった。安全管理が不十分な中、利益を優先して運航を続けていたのであれば極めて無責任である。
国による事業者へのチェック体制にも課題がある。同社が事故3日前に陸上との通信手段を衛星電話から携帯電話に変更すると申請した際、国土交通省の代行で検査を行う「日本小型船舶検査機構」はすぐに変更を認めたという。
船舶安全法は20㌧未満の小型船舶について、通信手段として携帯電話の使用も可能としている。ただ同社が申請した携帯電話会社は、知床岬に至る航路の大半が電波の届かない通信エリア外となっている。事故の発生時、通報は乗客の携帯電話から発信されたが、この携帯電話は同社の申請とは別の会社のものだった。
実効性ある体制構築を
国交省は事故を受けて設置した有識者委員会で、小型船の設備要件の強化などを検討するとしている。再発防止に向け、実効性ある安全管理体制の構築が求められる。