【社説】昭和の日 激動の歴史から何を学ぶか

きょうは「昭和の日」。新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)が続く中、世界と日本はロシアによるウクライナ侵略という危機に直面している。

激動の昭和を、いま起きている世界史的な危機と国難に重ね合わせて振り返る必要がある。

否定的に使う若い世代

昭和天皇の崩御により昭和の時代が幕を下ろして、33年。最近は時代遅れとみられるものに対し、「それは昭和の発想だ」などと、特に若い世代が言うのを耳にするようになった。それが的確・穏当な表現になっていることも時にはある。しかし基本的には否定的な意味で使われており、昭和の歴史を貶(おとし)めているように聞こえることが多い。

これは昭和といえば「戦争の時代」というのがまず第一にあるためだろう。昭和=戦争の時代、戦争=悪、昭和=悪という極めて粗雑な三段論法であり、それが教育やメディアを通し国民に刷り込まれたのである。

だが昭和20年までは戦争が続いたが、後の44年は復興と繁栄の時代だった。世界第2の経済大国となり、幾つかの分野で世界のトップを走っていた。そのような昭和の繁栄がなかったかのように戦争ばかりを取り上げるのは、あまりにバランスを欠いた歴史の見方である。

こうした見方をする人には、自分は昭和の日本人が犯した過ちや失敗を知っており、自分はそんな愚かなことはしないという傲慢(ごうまん)さがある。昭和の時代に日本が直面した困難、先人たちが苦闘した歴史を知らないか、ないしは知っていると思い込んでいる半可通に多い傾向だ。

敗れたとはいえ先人たちは、国民の命と国体を守るために、ぎりぎりまで戦った。われわれが先進国の国民としての恩恵を享受しているのは、焦土の中から立ち上がり、復興させた先人たちの努力、昭和の時代があったからである。

昭和の激動から学ぶものが、ただ戦争反対を唱えれば平和は保たれるという考えであるとすれば、苦闘した先人たちに申し訳ない。冷戦終結後、民族、宗教紛争が多発し、周辺国の脅威が増しているにもかかわらず、旧態依然の空想的な平和主義を唱える人がいるのを見ると、戦後の刷り込みの深刻さを思わざるを得ない。

NHKなどが終戦記念日が近づくと行う昭和史の検証でも、国のために命を擲(なげう)って戦ったことを、意味がないように取り上げてきた。今ウクライナで見るように、国家や家族のために命捧(ささ)げることを尊いことと考えるのは万国共通である。しかし、悲しいことに戦後の日本はその常識が大きく揺らいでいる。

橋下徹氏が「降伏の勧め」をテレビで語ったり、NHKがウクライナの避難民の女性が「勝利を願う」と語った言葉を「平和になることを祈っている」と全く別の意味の字幕に改変したりしたことは、こういった精神風土を象徴する出来事である。

 単純な見方から脱却を

ロシアのウクライナ侵攻で、われわれは激動の昭和から何を学んだのかを、改めて問われている。戦後の単純な歴史観から脱却して昭和の歴史をより深く学び直し、世界的な危機と国難に対処していきたい。

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