東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出が決まってから1年が経過した。政府と東電は貯蔵タンクが満杯となる来年春頃の放出を予定しているが、風評被害を懸念する漁業者の納得を得られていない。廃炉を進めかつ漁業を守るために、政府は風評抑制の積極的な行動を起こすべきである。
漁業者の理解得られず
計画では、処理水を海水で100倍以上に希釈し、海底トンネルで約1㌔沖合に放出する。1㍑当たりに含まれる放射性物質トリチウムの濃度は国の排出基準(6万ベクレル)の40分の1程度にまで薄められる。
海洋放出に対しては、中国や韓国が反対を表明しているが、2月には国際原子力機関(IAEA)の調査団が福島第1原発を訪れ、4月中に調査結果が公表される予定だ。
原子力規制委員会は海洋放出実施計画の実質的な審査を終えており、1カ月程度の意見公募などを踏まえて正式認可となる見通しだ。さらに福島県と地元自治体の双葉、大熊両町の事前了解が得られれば、本格的な工事に着手することができる。
しかし、最大の課題は海洋放出による漁業への風評被害だ。「関係者の理解なしには、いかなる処分も行わない」と約束した政府は、漁業関係者への説得を続けているが、十分な理解を得るに至っていない。萩生田光一経済産業相と面会した全国漁業協同組合連合会(全漁連)の岸宏会長は「放出には断固反対で、いささかも変わらない」と断言している。
震災と原発事故で漁業は壊滅的な打撃を受けた。中でも福島県の漁業者は、長い操業自粛と試験操業を経ながら、放射性物質の検査を実施し安全性の確保に努めてきた。その努力に応えるように少しずつ海は浄化され、10年を経て放射性物質はほぼ検出されなくなった。
この地域の水産物はもともと「常磐もの」と呼ばれ、首都圏の水産市場で高い評価を受けてきた。その評価がようやく戻ってきたところでの処理水放出に対し、これまでの努力が水の泡になるのでは、という漁業関係者の懸念は十分理解できる。
政府は風評対策として、風評被害で需要が減った水産物を買い取るため、300億円規模の基金を創設した。漁業者団体が冷凍可能な水産物を買い取って加工業者に販売したり、販路拡大を支援したりする。こうした支援は理解できるが、風評が起きることを前提とした対策にも見える。
科学的根拠のない誤った情報・イメージによって生産物の価値が貶められること自体、理不尽なことだ。まずそれを抑制することに力を注ぐべきである。そのために消費者に安心を与える情報発信はもちろん、みんなで福島の水産物を食べようという国民運動を行うくらいでないと、風評を吹き飛ばすことはできない。一種の情報戦である。
まず日本国内で払拭を
岸田文雄首相や関係閣僚が、自ら人々の前で福島産の水産物を食べるパフォーマンスを行ってもいいではないか。日本国内でまず風評を払拭(ふっしょく)できなければ、海外の消費者の誤解を解くことは難しい。