トップオピニオン論壇時評高市総理とサッチャー氏 家庭で学んだ自助の心 「鉄」より「鋼の女」目指せ

高市総理とサッチャー氏 家庭で学んだ自助の心 「鉄」より「鋼の女」目指せ

 保守論壇が元気だ。すべての月刊誌12月号が戦後80年の節目の年、初の女性総理誕生をテーマにした論考を載せている。岸田文雄、石破茂両首相の下、リベラルに傾いた自民党政治を嘆いてきた保守論壇が保守の高市総裁誕生に勢いづくのは当然である。

 論考自体は、編集日程の関係で、自民党の総裁選挙で勝利しても総理に就任する前のものがほとんどだが、「Hanada」「高市早苗は天下を取った!」「WiLL」「祝高市総理 早苗の敵は日本の敵!」など、見出しを工夫し祝賀ムードである。

 一方、左派の「世界」は特集「高市以降の政治地図」で、フェミニストらの論考を載せ、初の女性総裁に警戒感を強めている。

 例えば、「正論」の中で、保守思想家で文藝評論家の小川榮太郎氏は、総理に求められていることとして、「『戦後レジームからの脱却(だっきゃく)』から脱却し、『美しくて強い国、日本』の創造(そうぞう)へとアクセルを踏む事ではないか」(「自民党よ 今こそ、変われ」)と述べている。安倍晋三元首相が掲げた言葉と、総理自身の著書の言葉を使い、期待感を込めながら憲政史上初の女性総理が担うべき歴史的課題を提示した。

 これに対して、「世界」でフェミニズム理論を専門にする同志社大学教授の岡野八代氏は「高市さんのように、戦後の日本経済の台頭を支えた『内助』をあてにする社会モデルに固執するどころか、強化しようとさえすることは、反フェミニズム的である」(「フェミニズムは何と闘っているのか」)と、フェミニズムの文脈から総裁の政治姿勢を批判する。

 高市総理は、「目標とする政治家」として、英国初の女性首相となり、「鉄の女」と呼ばれたマーガレット・サッチャー氏(故人)を挙げる。福祉の拡大、生産性の低下、労働組合ストなどによる〝イギリス病〟(経済停滞)を克服するため小さな政府と市場原理を基本に、経済活動の自由化・民営化を進めたことで知られる。同氏が進めた改革は「サッチャリズム」と呼ばれ、その根底には「自助努力」「自己責任」の精神があった。

 女性総理誕生の意義と課題を読み解く上で、多くの論考が高市総理とサッチャー氏とを対比させた点では、左右で共通する。イギリス病とまでは言わないが、戦後80年を迎えた日本は、サッチャー氏が首相の座にあった1980年代と似たような状況があるからなのだろう。日本の弱体化を狙ったヤルタ・ポツダム体制でつくられた国家的な依存体質から脱却し、安全保障や経済分野だけでなく、社会的な閉塞(へいそく)感の脱却に国民にも「自立」「自助」の精神が必要になっているのだ。

 ここからは高市、サッチャー両氏の政治思想を対比しながら、女性総理誕生に期待感を高める保守論壇と、警戒感を強める左派の違いの淵源(えんげん)などを考えてみたい。

 英国政治史などを専門とする池本大輔氏が10月に上梓(じょうし)した「サッチャー―『鉄の女』の実像」は「少女時代のサッチャーに関して、生涯をつうじて重要性を持つことが二つある」として次のように記している。

 「一つは、短い睡眠時間でもやっていけたことだ。首相になってからのサッチャーは、夜遅くまで資料を読みふけり、閣議や外国人の要人との会談に備えたことで知られるが、その片鱗はすでにこの時期から見られていた」

 このサッチャー氏の仕事ぶりは、総裁選当選直後のあいさつで「『ワークライフバランス』という言葉を捨てます。働いて働いて働いて働いてまいります」と決意表明し、現在も働き過ぎが心配される高市総理の姿をほうふつとさせる。

 だが、「世界」の対談「右傾化する政党政治」で上智大学教授の三浦まり氏は「今後『高市さんが首相の座に就けたのだから、能力があって努力をすれば、女性でもリーダーになれる、そうできないのはあなたの努力が足りないからだ』と、女性の自己責任論に転嫁していく可能性もあります。その意味でも、日本でガラスの天井という比喩を安易に使うことには慎重になるべきでしょう」と釘(くぎ)を刺す。自己責任論を警戒するのは、自助努力を否定的に捉える心理が働くからだろう。

 女性が政治や企業のリーダーになりにくいのは社会構造がそうしているのだとみる左派学者やフェミニストは、個人の努力でガラスの天井を破ることができるという例が一般化され、自己努力を強調させることを極度に警戒するのである。

 ちなみに、サッチャー氏が「鉄の女」と呼ばれるようになったのは、旧ソ連の国防省機関紙が強硬な反共主義で知られた同氏を非難するために名付けたものだが、逆に本人がそれを気に入ったために定着した。その後、強固な反共主義だけでなく、強いリーダーシップを持ち、信念を曲げない同氏を指す言葉となった。保守論壇に「高市首相誕生 戦う『鉄の女』目指せ」(産経新聞政治部編集委員兼論説委員・阿比留瑠比氏=「正論」)と銘打った論考があるが、それは総理に強いリーダーシップと強固な信念を期待するからだ。

 では、「鉄の女」の勤勉さや信念の強さはどこで育まれたのか。この問いを解くカギは家庭環境だ。両親はキリスト教メソジスト派の敬虔(けいけん)な信徒で、その下で「自助の精神」が養われたのである。食料品店を経営する父親はメソジスト派を起こしたジョン・ウェスレーの教えを元に彼女を教育し、自身も父親を尊敬し「人間として必要なことは全て父から学んだ」と語っている。

 「Hanada」に高市総理の独占特別手記「わが国家観 日本に生まれてよかった」(再録)が載っている。そこでは「この年齢になっても、幼い頃に両親から繰り返し言い聞かされた事柄が『思考や行動の物差し』として刻み込まれている」と、家庭環境が自身の政治思想に大きな影響を与えたことを述べ、次のような幼き頃のエピソードを紹介している。

 「早朝に、炊き上がったばかりのご飯とともに最初に入れたお水とお茶をお仏壇に供(そな)えることは、幼い頃からの私の役割でした」

 サッチャー氏の場合、家庭教育の柱にあったのはキリスト教だったが、高市総理の場合は何だったのか。

 前述の手記で「私が幼い頃に両親が繰り返し教えてくれたのは、『教育勅語』」だったと述べている。明治23年に発布された教育勅語は親孝行、兄弟姉妹の仲の良さ、夫婦の和、忠義、勇気、そして学問や仕事に励むことなどの徳目が掲げられているが、総理は「この見事な教育勅語は、敗戦後のGHQ占領下で廃止されてしまいました」と嘆いた。

 高市総理に対する左派の警戒心は、日本人の美徳は伝統的な家庭で受け継がれるという考え方に対する反発なのだろう。フェミニストらは家庭や伝統的価値観を個人を抑圧するものとして否定的に見ているのだ。

 手記の最後に高市総理は「『美しく、強く、成長する国』を創造するために必要な法整備に全てを賭ける覚悟であります」と述べている。「社会を構成する重要な主体」としての国民が家庭の中で教育勅語にあるような美徳を身に付ければ「わが国が直面している問題の多くが解決するはずだ」との強い信念を持つからだ。しかし、リベラルな価値観が広がった今の日本で、国民に自助・自立の精神を啓蒙(けいもう)するのはたやすいことではない。中国の覇権主義をはじめ世界情勢と経済環境はサッチャー時代よりも厳しく複雑だ。高市総理が目指すべきは「鉄の女」というより「鋼の女」だろう。

spot_img

人気記事

新着記事

TOP記事(全期間)

Google Translate »