元駐日大使、解決策を探る
日本が推進する「ワンシアター(一つの戦域)」構想について韓国が身構えている。同構想は日米にオーストラリア、フィリピン、韓国などを一つのシアター(戦域)と捉え、有事の際に連携して共同対応する、というものだ。中谷元防衛相が来日したヘグセス米国防長官に提示し、米側もこれを歓迎した。
台湾有事では在韓米軍の一部が台湾に移動・配備されるが、その間隙(かんげき)を突いて北朝鮮が南を攻めてくる場合、「自衛隊が介入する名分が生じる」として韓国は懸念を示しているのだ。たとえこれが純粋な軍事戦術として構想されたものだとしてもだ。
月刊中央(6月号)で元駐日大使で知日派として知られる申珏秀(シンガクス)氏が日本側の“意図”について語った。申氏は2011年から22年まで、日韓関係が最悪に陥った「失われた10年」の間に外務第1次官、駐日大使を務めた。
同構想はまだ具体的なものではなく、現状では周辺国の反発も強い。同構想が受け入れられないのは各国の対中国政策の違いが反映しているためだ。
申氏は日本が国内総生産(GDP)で中国に追い抜かれてから、外交課題は「中国封じ込め」に移ったとみている。しかし韓国の「中国に対する戦略的理解は日本と同じではない」とし、理由を二つ挙げた。まず「北朝鮮を管理しなければならず、中国との協力が必要」な点、「中国は韓国の最大市場」という点だ。だから一律に「一つの戦域」に入れと言われても簡単に頷(うなず)くわけにはいかないのだ。
対日関係について、2011年に李明博大統領が野田佳彦首相に対し「慰安婦問題」の解決を求めたことにも言及した。これは非常に唐突だった。申氏は「慰安婦問題が勃発したため」とさらりと述べているが、対日外交当局者として、この対応はどうなのか。
その前年、韓国憲法裁判所は「慰安婦問題の放置は違憲」の判断を出していた。李明博政権は野党の追及を受け、何らかのアクションを起こさざるを得なかった。日本側に解決策の打診なり、首脳会談でこの問題を出すといった根回しが十分だったのだろうか。
一方、駐韓日本大使館は当然、憲法裁の判断が出た段階で本省に報告し、韓国が今後どう動くかの情報収集をしていたはずだ。ところが、言われた時の驚いた野田首相の反応を見ると、外務省は仕事をしていたのか疑問である。首相は「決着済み」としか対応できなかった。ここから「失われた10年」が始まったのである。
「徴用工」問題についても申氏は言及した。尹錫悦大統領が「日本の好意的な反応を予想し、大胆にも第三者償還の理論を打ち出した。しかし、日本は思ったほどの対応をしなかった」と述べている。
だが韓国の対応は独り善がりだ。1965年の基本条約・請求権協定で解決済みの問題を蒸し返して、日本側に「賠償」を求め、日本が反応しないのを見て、韓国側で解決策を“勝手に”打ち出しただけのことだ。そこに第三者弁済に日本企業・民間からも支援してほしいと求めている。「コップの半分満たせ」というわけだ。慰安婦問題で出した拠出金10億円が宙ぶらりんなのを見て、日本側が慎重になるのは当然だし、何より日本が応じれば請求権協定を自ら否定することになる。
それに「賠償」を求める韓国左派の狙いは「植民統治自体が不法」という前提を公式化させるところにあり、いったん認めれば賠償請求が次々に起こされることになる。日本政府はおいそれと乗ることはできない。
その事情を申氏は分かっているはずだが、民間拠出を求めるのは日本理解が足りないと言わざるを得ない。