トップオピニオン論壇時評李在明氏、保守言論重鎮との会合【論壇時評】

李在明氏、保守言論重鎮との会合【論壇時評】

「大統領になれば人は変わる」

「実用主義」を強調、対日観も反転?

韓国保守言論界の重鎮、趙甲済(チョガプチェ)氏が月刊朝鮮(6月号)で大統領選挙前に李在明(イジェミョン)共に民主党前代表と非公開で会合していた。面白い取り合わせだ。李氏の求めに応じて趙氏が会ったということ自体がニュースだ。

趙氏は「6月4日以後には『李在明候補』を『李在明大統領』と呼ぶことになる可能性が非常に高い」と書き出していた。インタビューは4月21日に行われたが、その頃には保守派から見ても帰趨(きすう)は決していたのだろう。

李氏は常々「理念では飯を食えない」と語り、大統領就任後にも「実用主義」を強調して、暗に理念先行で失敗した文在寅政権での外交経済政策などの愚を繰り返さない考えを強調していた。

李氏は趙氏に対して「理念を基準とする対立はあまりにも費用が掛かる」とし、「昨年の総選挙を契機に民主党で従北的影響力を減らしたのは自分だ」と言い、政権を取った後の人事でも「理念的同質性よりは有能な人を優先的に使わなければならない」とも語ったという。

保守派の趙氏を前にこう述べて、評価が得られれば、保守層中間層へのアピールになる。記事の公表時期は投票前だった。選挙戦術としてこう述べたのならば、李氏はしたたかな策士ということだが、その言葉が実行されるかどうかは、組閣を見てみなければ分からない。

情治主義という言葉がある。韓国はまさにそれで情実人事がしばしば行われる。権力の座を得て一族郎党にポストを回さなければ、むしろ「薄情だ」と後ろ指をさされる社会である。清廉潔白であるよりも論功行賞が露骨に行われるのが普通だ。こうした慣習の中で「人物能力本位」人事を断行するのは簡単ではない。

趙氏は故金鍾泌元首相の言葉を紹介する。「大統領になれば人は変わる」と。その例として「金泳三(1993年)、朴槿恵(2013年)、尹錫悦(22年)」を挙げた。「金泳三の左派的歴史観、朴槿恵の親中反日政策、尹錫悦の独断的大統領府移転」は「予想外だった」と趙氏は振り返っている。いずれも保守系の人物ばかりだ。

李氏は大統領になる前だが、ほぼ180度変えたのが対日観だ。「反日種族主義に近かった彼(李氏)の対日観は最近英誌エコノミストのインタビューで劇的に反転した。日本の国防力強化に対して『現在の韓日関係が敵対的でないので韓国に脅威とはならない』としたのだ」と紹介しつつ、にもかかわらず「李在明大統領が反日政策を使わないという確信は持てなかった」と疑念も残している。

この李氏の対日観について、駐韓日本大使館の高官は「李氏の言葉を信じるかどうかは別にして、そういう話をしても、左派の陣営で反発が起こらないという現実は重要だ」と趙氏に語っていたという。

趙氏は「天性が楽天的そうに見えた」と良い印象を抱いたようだ。李氏が席を立った10分後、趙氏がレジに行くと「自分の食事代だけ出していった」という。韓国にはもともと割り勘文化はなかった。李在明氏側から誘った会合だ。食事代くらい払って当然だと考えるが、李氏が払えば保守言論の重鎮を買収したように思われる。趙氏もそれでは都合が悪いだろう。さっと自分の分だけ払っていった李氏に「何か軽快な後味だった」と記事を結んでいる。

かつて金大中大統領は「左派」「共産主義者」と言われながらも、大統領になると国民の反発を押し切って対日文化開放を断行し、現在のKカルチャーが世界を席巻する状況のきっかけをつくった。小渕恵三首相との「日韓パートナーシップ宣言」(1998年)で日韓関係最良時期を迎えた。これも大統領になったら人が変わった(ように見えた)例だろう。

金大中氏が拉致、死刑判決など3度の死地を乗り越えて豊富な政治経験の上で大統領となり、考え抜かれた政策を行った。李在明氏は3度目の挑戦で「大権」を手中にした。現下の状況を冷静に考え「実用主義」で行くなら、「対日外交で文在寅政権のような政策は取らないだろう」とみる専門家もいる。

それはいいとして、党内からの“保守派粛清”要求をどうコントロールできるかの方が難易度の高い課題だろう。

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