安定的な皇位継承の在り方に関する与野党の協議が国会の会期末を前に大詰めを迎える中、読売新聞が15日、1面に「皇統の安定 現実策を」の見出しを掲げて公表した提言に対して、反響が巻き起こっている。特に保守派から反発がすさまじい。皇統の断絶につながる懸念の強い女性宮家の創設を提言したばかりか、女系天皇も排除すべきではない、というのだから当然だろう。
皇位継承資格を持つ皇族が3人だけとなり、「安定的な皇位継承の確保は先送りできない政治課題」となっているとして、読売は次の四つを提言した。①皇統の存続を最優先に②象徴天皇制の維持③女性宮家の創設を④夫・子も皇族に――だ。④は女性宮家が創設された場合のことだ。その日の社説では「女性・女系も排除すべきではない」と訴えた。
皇族の宮家とは、万が一の時に天皇を輩出するために存在するものだから、女性宮家の創設は、女系天皇の誕生に道を開く。しかし、皇室典範が定める皇位継承の原則は「男系男子」だ。また、皇位は例外なく男系によって継承されてきたものだから、女系天皇は言わば〝禁じ手〟。読売の提言に、保守派が反発するのは火を見るより明らかだった。
読売は、反発を承知で提言を公表したと見ていいが、保守派は男系で継承されるのが皇統だとしているのに、読売は皇統を安定させるためには女系も廃すべきでないというのだから、議論はかみ合わない。皇統について、考え方が根本的に違うのだ。読売が提言を公表したのを機に、女系天皇がなぜ容認できないのか、について考えたい。
保守派の論客として知られる八木秀次・麗澤大学教授が産経新聞が発行する月刊「正論」6月号に、論考「『愛子天皇』はない――動き始めるか、『旧宮家』皇室復帰」を寄せているので、それを参考に論を進めたい。正論の発売は、読売が提言を公表する前だ。まさか八木氏は提言公表を察知して書いたわけではないだろうが、提言の問題点を浮き彫りにするのに役立つ論考だ。
国会では、衆参正副議長(4者)の下で各党・会派の意見集約が行われてきた。論考で、八木氏はまず国会における動きに言及している。
4月17日、額賀福志郎・衆院議長が4者で取りまとめ案を作成し、全体会議で協議するとして、「今年は(夏の)参院選もあるので、できるだけ早く取りまとめたい」と述べた。玄葉光一郎・衆院副議長も「ほぼ意見は出尽くしたと認識している」と語った。
これらの発言を紹介した上で、八木氏は「もちろん、これだけでは女系論を完全に排し、男系男子の皇統を盤石にすることができるかは分からないが、ようやく期待のできる展開になってきたと思う」と、期待感を示した。
これだけでも、保守派は男系男子で継承するのが皇統であり、女系天皇を語ることは皇統の断絶を語ることに等しいから、絶対に容認できないと考えていることが分かる。
わが国が世界に誇る皇位は、今上陛下まで126代にわたり継承され、皇紀2685年の時を刻んできた。その間、父方に天皇の血を引く女性天皇は8人いたが、母方に天皇の血を引く女系天皇は一人も存在しない。この二つは混同されやすいが、男系の女性天皇はあり得る一方、女性天皇の子でも父方に天皇の血を引かないから天皇になれないということだ。つまり、日本国民に慕われる皇室が今日存在するのは、男系継承という皇統の原則を守ってきたことが皇室の権威につながっていると考えていい。
だから、保守派にとって、女系天皇を認めることは皇統を安定させるどころか、逆に皇統を断絶させてしまう、本末転倒の〝暴論〟と捉えるのである。しかし、問題は男系男子による皇統の継承が盤石でない現実があり、この危機をどう知恵を絞って脱するのかということだ。
皇位の継承資格者は現在、秋篠宮殿下、悠仁殿下、常陸宮殿下のお三方がおられる。しかしながら、次世代となると、悠仁殿下ただお一人となっている。このため、安定的な皇位継承の方策について、各党の意見集約が続けられている。その議論のたたき台となっているのは令和3年12月、政府の有識者会議が示した報告(案)だ。
その案はまず秋篠宮殿下、悠仁殿下という皇位継承資格者がいらっしゃることを前提に「この皇位継承の流れをゆるがせにしてはならない」と強調。その上で、現在、悠仁殿下のほかは、未婚の皇族は全員女性で、しかも女性皇族は結婚すると皇室を離れることになっていることを踏まえると、現行制度のままでは、悠仁殿下が皇位を継承された時には、殿下以外に皇族が存在しなくなる事態が考えられる。これは「どうしても避けなければならない」とし、そのためには「皇位継承の問題と切り放して、皇族数の確保を図ることが喫緊の課題だ」とし、次の三つを提言した。
①内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持する②皇統に属する男系男子を皇族の養子とする③皇統に属する男系男子を法律により皇族とする――だ。①については追加説明が必要だ。配偶者と子には皇族の身分を与えず、一般国民としての権利・義務を保持し続けるとしたことだ。皇位継承資格を女系に拡大することにつながるとの懸念の声があるからだ。
つまり、有識者会議案は「内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持する」にとどめたのに、読売は「女性宮家の創設を」「夫・子も皇族に」と、さらに踏み込んだのだ。これは保守派は容認できない。しかも、読売社説は「衆参両院議長の下で行われている与野党協議では、女性宮家の創設について各党の意見が概(おおむ)ね一致している」としたがこれは事実でない。
国会では8党会派は有識者会議案を支持し、反対する立憲民主党などと対立していた。八木氏は産経新聞18日付で、この事実を指摘した後、4月以降の協議で有識者会議案承認でまとまりかけていたのであって、読売社説は「事実誤認だ」と述べている。
さらに重要なのは、有識者会議案が「悠仁親王殿下の次代の以降の皇位の継承について具体的に議論するには現状は機が熟しておらず、かえって皇位継承を不安定化させると考えられる」とした点だ。これについて、八木氏は論考で「『愛子天皇』の即位はないとの認識を示すものだ」と解説している。
論壇では、月間「文藝春秋」が令和4年新年号と2月号で、「愛子天皇」容認論を掲載するなど、一部に女性・女系天皇を支持する主張もあった。しかし、論考を読むと、八木氏は、国会における意見集約は女性・女系天皇につながる方向には進んでおらず「期待できる展開」になっているとの認識を持っていたことが分かる。
今指摘したように、有識者会議案が皇位継承資格者にお若い悠仁殿下がおられる現段階で、次世代以降の皇位継承を議論することは「皇位継承を不安定化させる」と釘(くぎ)を刺している。にもかかわらず、読売社説が「女性天皇に加え、将来的には、母方のみが天皇の血を引く女系天皇の可能性も視野に入れた制度改革」を提案したことは、ちゃぶ台返しで議論を混乱させてしまうものと言えよう。
これまで皇統の継承を男系に限定してきたことで、その権威が保たれ、天皇は今も日本の象徴に位置付けられている。皇統に属する男系男子の皇族復帰という皇統をつなぐ方策があるのだから、まずそれを実現させることを考えるべきだろう。歴史上、一人も存在しない女系天皇が一度誕生したその先、皇室に何が起きるかは、誰も予想できないし、責任を持てない。伝統を守ることに知恵を絞る重要性はここにある。