韓国編 岩崎 哲
韓国では昨年12月3日の非常戒厳発令に端を発して、尹錫悦大統領への弾劾に反対する保守派と賛成する左派の対立が「政治的内戦状態」にまでなっている。
憲法裁判所が弾劾を認め、尹氏を罷免したことで、6月3日に大統領選挙が行われる。世論調査では野党共に民主党の李在明代表が30%台の支持を得て常にトップを走るが、一方で幾つもの訴訟を抱え、立候補の権利を失う可能性もある。与党では数人が出馬の意思を表明するも、現況では李氏に抗し得る人物は見当たらない。だから「李在明有利」のように見える。
しかし、月刊朝鮮(4月号)では選挙展望を載せて「李在明大勢論はない」と結論付けている。同記事は弾劾決定前に書かれ、さまざまなパターンについて予測しており、その中で「李在明対保守候補」が現在の状況に当てはまる。
なぜ李在明氏の有利状況ではないのか。同誌は李氏への「非好感度」が高いことを挙げる。李氏の好感度は「30%台」である半面、非好感度は「60%」で固着しているのだ。好感度と支持率がどちらも30%台というのは、つまりこれが岩盤支持層だということだ。
韓国政治の「理念地形」は保守30%、左派30%、中間層40%と言われる。李氏は左派を固めているにすぎない。中間層を取り込むことを「外縁を拡張する」というが、大統領選ではこれに成功した者が勝つものの、常にその差は僅(わず)かというパターンを繰り返してきた。李氏と左派はこの中間層を獲得できていないわけである。
だから、現在の韓国人の政治感覚を「尹氏弾劾には賛成だが、李氏が大統領になるのは反対」というところに集約できる。端的に言って「李在明は嫌いだ」という韓国民が6割いて、左派はこれを挽回できていないのだ。
また、韓国の政治では「時代精神」ということが言われる。「ある社会が進まなければならない方向を的確に提示」することだ。例を挙げれば、2002年大統領選で盧武鉉氏が掲げた「特権と差別のない世の中」とか、17年大統領選での文在寅氏の「積弊清算」、22年尹錫悦氏の「公正と常識」などである。
同誌は今度は「協力政治と統合の国家正常化」になると予測する。国会で多数を持つ野党がことごとく法案に反対し、閣僚や検事を次々に弾劾して、国会をマヒさせ、国政を混乱させたのに対して、大統領は戒厳という極端な手段で局面打開を試み、結果的に国を大混乱に陥れたことに対する反省と対案である。
実際にこの通りになるかは別にして、国会で妥協と協力が可能になるためには政治制度をある程度変えなければ難しい。権力が集中する大統領の任期が5年1期であることの弊害が言われるところから、憲法改正、議院内閣制が叫ばれている。だが、これは出ては消えを繰り返した議論でもあり、今回改正に至るかは不透明だ。
さて、大統領選だが、同誌は「MZ世代」の動向に注目する。20代30代の若者世代だ。彼らは「スイングボーダー」と言われ、どちらに振れるかに依(よ)り、大統領選の帰趨(きすう)が決まりそうだ。調査では韓国有権者は投票先を直前になって決める傾向が強い。最後まで情勢が読めないのである。6月までの2カ月間、その状況が続く。