
近年、自然災害が相次ぐことから人々の防災意識が高まり、行政主導の防災訓練や防災教育が行われている。しかし、それらの問題点は継続性、自律性に乏しいことで、例えば、自動体外式除細動器(AED)の使い方を習っても、いざその場面に遭遇すると、パニックになって実行できない人が多い。一度の訓練でできると思い込まず、何度も繰り返し訓練することが必要だ。
大規模災害は家庭や地域で対処しなければならないことが多く、そこで必要なのはコアになる人物である。防災教育の本質は公的精神を持ったボランティアの育成で、それが地域づくり、家庭づくりにつながる。今、日本が直面している危機の一つは個人主義の蔓延(まんえん)で、防災教育はそれに対応するためにも重要だ。
私は日本防災士機構が認める防災士の養成に大学で取り組んできた。大学で創った学生防災リーダークラブは高校にも広まり、そこで訓練を重ねた学生が地域や企業などの自主防災会のリーダーになり、企業の事業継続計画(BCP)を担っている。現在、松山市には防災士の教員が500人、自主防災を担当する防災士が2000人いるので、彼らのフォローアップ研修を行い、地域での防災活動を進化させている。
それ以上に必要なのは、小学校、中学校での防災教育で、ボーイスカウトがいい例だ。授業や部活を通じて子供たちの防災意識を高めると、それが家庭や地域を大事にすることにつながる。
次に重要なのはネットワークの強化だ。社会はさまざまな事業体の連帯なので、それらに横串を刺し、機能的に動くようにする。自治体と企業などで防災協定が結ばれるようになったが、それぞれに専門家がいないと絵空事になってしまう。特に、逃げ遅れると死傷者を出しかねない福祉施設などには、防災のプロが必要だ。
行政組織は縦割りだが、防災に関わる人や組織が横につながることで、災害に強い地域づくりを進めることができる。その核にはプロが必要で、技量だけでなく精神を備えた人が求められる。
学校での防災教育は「いのちの教育」でもある。自分が命の危険にあっても、家族や地域の人たちを助ける、他者を思いやる公的精神が人間存在の一番の根拠で、防災はそうした精神をフルに発揮できる取り組みとして、個人主義の時代の「錦の御旗」になり得る。
日本列島は造山運動が盛んな地帯なので地震や火山の噴火が多く、また、アジアのモンスーン地域にあるので台風や大雨に襲われやすい。いわば豊かさと危うさが表裏一体になっている自然が、世界に類を見ない日本人の精神をつくり上げてきた。そのことを認識した上で、時には牙をむく自然に立ち向かわないといけない。
近年、防災士資格取得の研修講座や自治体などで立ち上げた自主防災組織に補助金を出す自治体が増えている。防災訓練などで防災士が市民権を得ると、さらに増えていくであろう。防災士を目指す人は公的精神の強い人が多く、行政も彼らとタイアップすることで地域防災の質を上げることができる。
災害弱者になりやすい高齢者などには災害時の避難路、連絡先など個別の防災計画を立てる必要があり、いわば地域の互助で、その意味では防災は高齢者対策でもある。さらに子供たちが参加すれば、世代を超えた地域の活性化につながる。防災訓練も子供向けのプログラムを用意し、家族ぐるみでの参加を呼び掛けるといい。
行政は防災のために理想的な仕組みをつくるが、そこに面白さがないと人は動かない。防災は義務感から始めても、その先には他者との共感からくる楽しさがあり、それが一人ひとりの成長につながり、人間的に大きくなるという喜びがある。防災教育は若者をいかにその気にさせるかが鍵で、投資効果が大きい若者たちに夢を持たせ、本気にさせる仕組みをつくれたら日本は変わる。






