安倍晋三元首相が、第1次政権で就任早々に取り組んだのは、教育基本法の改正だった。中でも第10条に家庭教育条項を追加したことは、画期的なことである。
戦後日本は、戦前の家制度が女性を抑圧してきたとし、家庭の価値より個人主義を強調する教育が行われてきた。その結果、子供は家庭で生まれ育つという当たり前のことが、当たり前ではない社会が出来上がってしまった。
そうした状況の中で、教育基本法第10条は、父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有することを明記し、国および地方公共団体が家庭教育を支援すべきことを定めた点で、画期的なものである。
しかし、教育基本法はあくまで理念法であり、実体的な法律ではない。家庭教育を支援するためには、家庭教育とは何か、実施の主体は誰で予算はどうするかなど、具体的なことを定めた実体法を制定する必要がある。
かつて与党自民党は、家庭教育支援の実体法案を検討した時期がある。2016年から17年にかけて、家庭教育支援法案が作成され、自民党総務会での了承まで得ている。しかし、日本弁護士連合会など、多くの反対運動があり、残念ながら国会に提出されることはなかった。
日本弁護士連合会の反対理由は、この法律が家庭教育のみならず、憲法24条の改正も狙ったものである、というものだった。戦前の家制度を完全に否定するために制定されたのが憲法24条であり、家庭教育支援法の制定は、家庭を肯定的に捉えるもので、憲法24条の精神に逆行するものである、というわけである(18年5月16日 日弁連シンポジウム 家庭教育支援法案を考える 報告書より)。
国の検討が停滞する中、地方公共団体では、家庭教育支援条例が制定されていった。教育基本法第10条の規定を、地方公共団体レベルで実行するためのものである。13年の熊本県をはじめとし、22年の岡山県まで、都道府県レベルでは10県、市町村レベルでは6市で制定された。
これらの条例では、家庭教育の基本理念、行政の責務、保護者や地域社会の役割、行政の予算措置義務や施策実施の報告義務、家庭教育支援策の具体的内容などが明記されている。
しかし残念ながら、条例制定の動きは、22年4月の岡山県を最後として、途絶えてしまった。その原因の一つとして、安倍元首相の暗殺事件以降の、世界平和統一家庭連合(家庭連合)に対する激しいバッシングが挙げられると思う。なぜならば、家庭連合は、家庭こそが平和の要であり、子供の教育も家庭が基本であることを主張しており、関係団体などで、家庭教育支援条例の制定を訴えていたからである。家庭連合バッシングにより、家庭連合および関連団体の活動が全て否定された結果、家庭教育支援条例までもが、影響を受けてしまったのではないか。非常に残念なことである。
子供が家庭で愛されず、家庭に対して希望を抱けなければ、婚姻数は増えず、結果として子供も増えない。子供は家庭に生まれるものだからである。少子高齢化に直面した日本が、今後生き残っていくためには、若者が結婚に対して希望を抱けるよう、社会が支えていかなければならない。そのための重要な法案が、家庭教育支援法である。かつて与党自民党が検討したこの法案が国会で審議され、成立することを願ってやまない。






