
――中国はトランプ米大統領の封じ込め政策に対し、どう手を打ってくるだろうか。
関税をかけてくれば報復関税はあるだろうが、しばらくは大局を見据えようと様子見を決め込むだろう。
習近平国家主席はトランプ氏の大統領就任式への招待もやり過ごした。
なお昨年開催された3中全会で、習氏の力が弱くなっている可能性が高い。「政権は銃口から生まれる」といわれる中国で、政権の求心力と軍の掌握力はほぼ比例する。その意味では習氏の人民解放軍へのグリップ力には、疑問符が付き始めている。
中国人民解放軍では張又侠(ちょう・ゆうきょう)・中央軍事委員会副主席が、権力を握っているもようだ。
その張氏の裏に誰がいるかというと、胡錦濤(こ・きんとう)前国家主席という見方をする専門家もいる。これは仮説だから間違っているかもしれないが、興味深い視点だ。
すでにボケているのじゃないかと思われていた胡氏だが、第20回党大会でひな壇から退場させられるという恥をかかせられて、世界中にその映像が流れているわけだから、中国人の民族性を考えればメンツを潰されるようなことをされれば、命を懸けてもそれを晴らす行動に出ることは十分あり得る。あんな光景はこれまで見たことがない。シークレットな所でやるのならまだしも、海外メディアが入り世界中に配信されるような場で行った。だから習氏は確信犯で、敢(あ)えてやったのだろう。習政権前の国家最高指導者であった胡氏とすれば恨み骨髄だ。
張氏をバックアップしているのは元老グループだとの指摘はあったが、具体的に誰かというのは今まで分からなかった。
――そういうところが共産党政権の弱点だ。政権がスムーズに移行せず、恨みを買ってしまえば後々のごたごたを招きかねない。習路線につまずきの石が置かれたと見ていいのか。
元老グループがいるわけだから、戦狼(せんろう)外交をやめる可能性がある。
元老グループが何を考えているかというと、鄧小平時代の韜光養晦(とうこうようかい)路線にまで戻れということだろう。中国は今、日本に対してアプローチしてきている。トランプ氏が中国の首を絞めに掛かろうとしている時、日本の資本と技術力は垂涎(すいぜん)の的だ。あわよくば日米離間のくさびを打ち込みたい意向もある。
――すると軍内部の権力闘争は路線闘争ということか。
それ以前の海軍を重用した習人事に対する陸軍の揺り戻しではないかと見ている。
習氏が福建省長時代に重用した子飼いの幹部集団である「福建幇」ではなく、陸軍出身の張氏が軍を抑えようとしている構造だ。
台湾攻略時には最前線となる東部戦区の林向陽司令官が失脚している。どういうことかというと、北部、南部戦区すべて張氏の息のかかった軍人がトップになっている。中部戦区は司令官がずっと不在だ。いないということは張氏が自分でやっているということだろう。首都の北京を守るのは中部戦区だ。中国共産党を守るということは北京を守ることだ。その司令官がいないというのはあり得ないことだ。
――司令官がいなくなったのはいつ。
3中全会後の昨年の7月31日前後から不在となっている。中国人民解放軍の5大戦区のうち南部、北部、中部の3司令官が交代した。中部戦区司令官だった黄銘氏は7月31日、北部戦区司令官に配置換えになり、その後任はいまだ発表されていない。
同時に、東部戦区司令官の林氏を逮捕したという。北部戦区の司令官に就任した黄氏や南部戦区の呉亜男司令官は張派に属し、張氏は軍権をほぼ掌握したと考えられる。
そして、陸軍出身の張氏は、最高指導機関である中央軍事委員会のメンバーである苗華委員(海軍出身)だけでなく、同じ海軍出身の董軍国防相も連行したとされる。
苗氏は初め習氏が信頼する軍人の一人だった。習政権発足後の2014年に苗氏は海軍政治委員に任命され、習政権2期目スタート直前の17年9月には、共産党中央軍事委員会政治工作部主任に抜擢(ばってき)された。軍の「政治工作部主任」というのは、人民解放軍の人事権を持つ重要ポストだ。以後の苗氏は7年間、習氏の代理人として人事をつかさどった経緯がある。典型が23年7月、海軍出身者の王厚斌上将(大将に相当)を戦略ミサイル部隊「ロケット軍」の司令官に任命。また同年9月、陸軍出身の前国防相・李尚福氏が失脚すると後任に海軍出身の董氏を任命した。董氏は初の海軍出身の国防相になった。
海軍優遇人事の背景にあったのは、南シナ海の聖域化や台湾併合を狙う習氏の海軍重視路線だ。いわば人事担当の苗氏は習氏の路線を現実化する布陣を敷いていったのだ。
こうした軍中枢部を占めるようになった海軍を一掃し、習氏に連なる「福建幇」を排除している軍内部の権力闘争から、海軍重視の習氏に対する陸軍の逆襲という形が見て取れる。結局、多くの海軍出身者が打倒され、「台湾侵攻」のために海軍出身者を登用してきた習氏の「中台統一」の夢は遠のいたと考えられる。
元来、中国人民解放軍幹部の多くが、主席の「台湾侵攻」に反対していた。「中台戦争」は「米中戦争」を引き起こし、米国と戦火を交えて誰も勝利できると思っていないはずだからだ。
――軍内部で習氏のカリスマ化に反旗を翻す言動も出てきた。
昨年12月9日、中国人民解放軍機関紙・解放軍報は「集団的指導体制を堅持せよ」との論文を掲載し、「個人が上から指導集団を凌駕(りょうが)するようなことは絶対あってはならない」と個人独裁批判を展開、「集団的指導体制の堅持」を強く訴えた。
これは習個人独裁に対する否定と、習政権以前の集団的指導体制への回帰を主張しており、共産党指導集団と人民解放軍上層部の主流的考え方になりつつあると読める。
(聞き手=池永達夫、写真=石井孝秀)
【メモ】政権第一期目初頭で米国の末期現象を読み取った習近平氏は、韜光養晦路線から戦狼外交へと転換した。それが第2期政権では、経済低迷など中国自体が末期現象を呈するようになった。中国は打つ手を間違えると、一党独裁政権の屋台骨が一気に崩れかねないリスクを抱えた政治の季節を迎える。