
ワシントンで1月20日、トランプ氏が米大統領に就任する。トランプ次期政権の大きな焦点の一つが対中政策だ。トランプ氏の本音をどう見るのか、また中国はどう対応するのか、拓殖大学海外事情研究所元教授の澁谷司(しぶやつかさ)氏に聞いた。(聞き手=池永達夫、写真=石井孝秀)
――米中関係はどう動くと見るのか。
トランプ次期政権は、陣容を対中強硬派で固めている。米国は自国を出し抜いて覇権樹立を考えている中国を絶対許さない。
次期国務長官のマルコ・ルビオ上院議員は筋金入りの反共で「中国の挑戦に打ち勝つ」とやる気満々だ。大統領側近の国家安全保障問題担当補佐官に就任するマイク・ウォルツ下院議員は「ウクライナと中東の紛争を終結させ、中国共産党の脅威に集中して対抗すべきだ」との大局観を持つ。
――対中関係においてバイデン大統領は競争的共存指向で中国の暴発がないようにガードレールを敷くことに熱心ではあっても、新冷戦の勝利者になろうという意欲はなかった。この点で、トランプ次期大統領に根本的な変化があると見るのか。
基本路線として関与政策と封じ込め政策の二つが米国にはあるが、バイデン氏の場合はエンゲージメント(関与)とコンテインメント(封じ込め)の二つを合わせたコンゲージメントだったが、トランプ氏の場合はコンテインメントになるだろう。
レーガン元米大統領はソ連との冷戦勝利を目標に掲げ、サウジアラビアに石油を増産させて原油価格を低く抑え石油に依存するソ連経済を揺さぶった。その上でSDI(戦略防衛構想)スターウォーズ計画など多大な資金を要する軍拡路線に引きずり込み、ソ連崩壊へと牽引(けんいん)していった。おそらくトランプ次期政権も、違う形で中国を追い込んでいくだろう。
――X(旧ツイッター)のイーロン・マスク氏がトランプ次期政権の閣僚に起用される。中国に工場を持つマスク氏が米中交渉の「裏チャンネル」になるリスクはないのか。
マスク氏が最高経営責任者(CEO)を務める米電気自動車(EV)大手テスラの中国の製造拠点は、世界生産の半分近くを占める。またマスク氏は、中国進出を支援した李強首相らとパイプを持つとされる。中国と深い利害関係を持つマスク氏が次期政権で力を高めれば、対中政策をめぐる足並みの乱れが表面化する局面も想定されるとの見方もあるが、トランプ次期政権の布陣を見ると、中国に厳しいタカ派の閣僚や高官が多数任命され、一人だけ中国が一本釣りにしてもトランプ次期政権の対中ベクトルを変えることは難しい。それにマスク氏の業務は政府の無駄を省く新設の政府効率化省だ。
――「産業のコメ」と呼ばれる半導体は、兵器の精密度を支える「軍事力のコメ」にもなっている。その高度な半導体にしても中国への輸出を絞っている。
今は7ナノ以下の半導体を、中国には絶対輸出できないように世界トップの半導体製造企業TSMC(台湾)やAI(人工知能)半導体をリードするエヌビディア(米国)、半導体製造の要となる世界一の半導体露光装置メーカーASML(オランダ)に対し、米国は輸出規制を厳格に守るよう求めている。
トランプ氏は先端技術の競争力強化に向け、半導体など枢要な技術の中国移転の徹底阻止に動くはずだ。日本や欧州など西側諸国に対しても中国への技術移転阻止と対中投資の抑制、そして対米投資拡大を要求してくるだろう。
世界で使っている最先端半導体は3ナノだが、中国がその基準に達するには数年かかるだろう。
――数年で中国が作れるようになるのか。
早くても数年ということだ。
台湾や韓国などから技術者および技術が、中国に流れている。大学の半導体研究者や企業の技術者などを、それまでの給料の3、4倍提示して引き抜くことで最先端技術を取得しようと中国は躍起になっている。
だから西側諸国がその蛇口を絞ったからといって、技術が流れないかというと必ずしもそうではない。
そうならないようにトランプ次期大統領は、対中技術流出に向け厳格な歯止めを求めてくるだろう。
――昨年来、中国では無差別殺傷事件が発生している。
日本のメディアは報道していないが、すでに昨年だけで100件以上もの無差別殺傷事件が発生しているとみられる。自動車による故意の衝突事件は、少なくても15件起きているそうだ。
例えば昨年11月11日、広東省珠海市香洲区のスポーツセンターのオフロードで「北京汽車」BJ40のRV車が暴走し、少なくとも35人が死亡、43人が負傷した。車を運転していた容疑者は樊維秋(はん・いしゅう)(62)という名の人物で、結婚生活が破綻、元妻との財産分与に関する長い間裁判の判決に強く憤慨していた。
強権統治の中国では治安は良かった側面がある。だが、こうした多発する無差別殺傷事件は、国民を強権で押さえ付けていた圧力鍋の蓋(ふた)が、社会矛盾の増大で不満が充満し吹き飛ぶリスクを抱えている。社会的不満は不動産バブルがはじけるなど経済低迷を余儀なくされ、大学は出たけれど職がないといった若年層の失業率の高さなどに起因すると考えられるが、既に社会的安定を脅かす危険な“臨界点”に達していることがうかがえる。
【メモ】いやが応にも米国と対峙(たいじ)することになる中国は、日本や欧州、それに東南アジア諸国連合(ASEAN)など米国の同盟国や友好国の切り崩しに余念がない。トランプ次期大統領の「関税障壁」で米国市場の門が狭くなることで、余剰輸出中国製品の顧客を確保したい経済的理由と米国をサポートする同盟国や友好国との間にくさびを打ち込もうというのだ。そうした大局観を抜きにしては、わが国はその行く道を踏み外すことになる。