
世界日報の読者でつくる「世日クラブ」の定期講演会が14日、オンラインで開かれ、著述家で写真家の加藤文宏氏が「扇動の時代と報道汚染~モリカケ・裏金・旧統一教会報道」と題して講演した。マスコミが特定の問題を強調し、扇動することで偽の世論を形成し、心理効果で人々が追随する現象が起きている。加藤氏は偏った情報から生じた世論は健全な議論を妨げ、政策決定にまで悪影響を及ぼしているとし、「法整備、放送のアーカイブ化、独立した検証機関など少しでも有効な検証や対策を確立すべきだ」と語った。以下は講演要旨。
報道が社会を汚染し、世論を誘導しているというのがマスコミの実態を踏まえた上での結論だ。全てのマスコミが世論工作をしているわけではない。しかし、マスコミ研究をしている大学教授は学生時代の私に「事件や事故の証言者だけでなく、告発者さえ捏造(ねつぞう)したり、誰かの名前を借りて記事を書くのは珍しくない」と語った。事実か否かであるよりも、記者の願望が優先されたのが、生稲晃子衆院議員が靖国神社を参拝したという共同通信の誤報という形で現れた。
現代人は玉石混交の情報の中で生きている。自ら正しい情報を集めるためにはマスコミによる世論誘導の実情を知らなければならない。今まで誰も気に留めていなかったにもかかわらず、唐突に社会問題化した議題がある。その世論と報道はどのような関係があるのか明らかにしたい。
テレビの情報番組やワイドショーの平均視聴率は5%で、関東、中京、関西の3地区合わせると約300万人が番組を見ていることを意味する。番組はインターネットメディアにも掲載され、さらに多くの人に届く。新聞も発行部数が減ったとはいえ、2667万部相当ある。つまり、報道内容に対抗しようとすると、数百から千万人規模の言論がないと釣り合わない。そのため、数万人が放送内容を問題視しても歯が立たない。
近年のマスコミ主導の世論問題を見てみると、東日本大震災では反原発世論が盛り上がり、処理水放出反対問題につながった。森友・加計学園問題は安倍晋三首相(当時)への際限ない憎悪を引き起こした。現在は、政界と旧統一教会(世界平和統一家庭連合)との問題がある。東京の明治神宮外苑の再開発の問題や、石破茂首相待望論、衆院選での裏金問題などもマスコミ主導による世論だ。
もちろんマスコミは、能登半島地震などの重要な情報も伝えてはいる。世の中には幾つもの出来事が同時に発生しているが、その情報を伝えなければ世の中のほとんどの人は知らないままで、存在しなかったのと同義だ。世論というのはマスコミが報道として取り上げることで生じる。
森友学園問題の例を見ると、最初は同学園と財務局間のごみ処理を巡る問題だった。その後、安倍元首相にまつわる疑惑をスクープし、批判に流れた。森友学園問題の本質は安倍氏と全く関係がない問題だったにもかかわらず、出来事を検証せずに疑惑を事実かのように連日報道した。そこに、加計学園の問題も組み合わさってより複雑になってしまった。
旧統一教会問題では、政界との関係は約30年間話題になっていなかった。ところが、安倍氏が暗殺されると報道は旧統一教会一色となった。鈴木エイト氏だけが旧統一教会と政界の関係を知っていたわけではない。報道関係者は、どの宗教信者も政治に参加し、積極的に陳情や集会への参加を求めていたことを知っていた。誰かが口止めしていたからではない。ある報道関係者は「問題がなかったから話題や記事にしなかっただけだ」と話していた。
奇妙な世論はマスコミが数多くの出来事の中から何が重要な論点であるかを選別し、報道批判または同意、その報道頻度を決定する「アジェンダ設定」を行うところから始まっている。マスコミのアジェンダ設定は「嘘(うそ)も百回言えば本当になる」と紙一重だ。
複数のメディアが同じ論調で報道すると、その記事や番組を見た人はあたかもそういう世論があるように勘違いする。このようにして作られたものは本当に世論と呼べるのだろうか。
マスコミも自分たちが設定していながら実際の世論のように装う。政治家は次の選挙で正統性を問われて落選するかもしれないという危機感から、メディア世論を非常に意識する。そのため、マスコミが揃(そろ)って似たような世論調査を発表することで、政治家の政策を大きく変えることができる。
感情が動かされる時、人々は扇動されている。人々の感情が強烈に動けば社会が動き、人々のひずんだ認知で議員らの正当性が問われることで政治も動く。これが報道汚染だ。これにより、感情によって左右されるような理知的でない社会を作り出してしまう。
報道汚染や世論工作から自分自身を守るためには、世論が心理効果の「衆人に訴える論証」(※)を知る必要がある。これは広く受け入れられ、支持されていることが正しいと判断することを利用したものだ。この反応を示す人が増えることで、勝ち馬を選ぶ人も増える。この心理効果を政治学や経済学では「バンドワゴン効果」という。
そして、社会秩序への脅威と見なされたグループの人々に対して、道徳や常識から外れているという理由で多数の人が激しい感情を吐き出す「モラルパニック」が起きる。衆人に訴える論証、バンドワゴン効果、モラルパニックといった心理効果を利用し、マスコミは世論を誘導しているのだ。当てはまる事例として、反原発運動、森友・加計問題、安倍元首相への憎悪、旧統一教会と政界との関係、明治神宮外苑再開発、石破首相待望論、裏金報道などがある。
裏金問題、旧統一教会問題、石破首相待望論などは自民党の安倍派や有力議員、明治神宮外苑の問題なら小池百合子都知事に怒りをぶつけるように人々は扇動された。こうしたオピニオンリーダーや活動家に人々は追随し、活動や主張を拡大する。最近はマスコミが活動家のように扇動のきっかけを発動するまで行うようになった。
日本のテレビやラジオは放送法によって縛られているが、放送法第4条の①公安及び善良な風俗を害しないこと②政治的に公平であること③報道は事実をまげないですること④意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること――は有名無実化している。
日本は米国のように同法律を廃止することで、マスコミも「権威や聖域」などない存在にし、元手のかかるインフルエンサーやユーチューバー程度の存在にしてしまうのが良いのではないか。
その上で法整備を行い、放送業界が猛反対している放送のアーカイブ化を行うべきだ。証拠を残すことで、検証を容易にし、責任の所在を明らかにするのは不可欠なことだ。新聞や雑誌は国立国会図書館に所蔵されているのだから、テレビやラジオだけが特別なのはおかしい。
すべての報道から政治的公平性の規則やモラルを撤廃するのは乱暴かもしれない。しかし、自作自演的であったり、嘘を平気で拡散させるようなマスコミによる報道汚染は深刻だ。彼らの「聖域」は失(な)くしてしまうべきだ。
ただし、それには日本社会に強靭(きょうじん)な民主主義を確立しなければならない。国民も強靭である必要がある。そうでなければ、法制度もアーカイブ化も検証機関も有効には働かないだろう。
※衆人に訴える論証 論理学における誤謬(ごびゅう)の一種で、多くの人々が信じていたり支持しているなどの理由で、ある命題を真であると論証結論付けること。また、「バンドワゴン」とは行列先頭の楽隊車を言い、「バンドワゴンに乗る」とは多勢に与(くみ)し勝ち馬に乗るとの意味。