編集委員 床井 明男
このところ、インサイダー取引疑惑の事件が相次ぐ。列挙すると、先月19日、金融庁に出向中の裁判官/23日、東証社員/25日、東京都の男性弁護士ら5人/11月1日、三井住友信託銀の元社員といった具合だ。なぜインサイダー疑惑がこの半月の間に、こうも立て続けに生じるのか。
今、首都圏で頻発している連続強盗事件では、お金に困った若者らが「闇バイト」に応じ、指示役の命に従って実行に移す、あるいは個人情報を握られ、応じないと家族に危害を及ぼすなどと脅されて事件を引き起こす、といった構図が明らかになっている。
これとは違って、インサイダー疑惑では、個々の事案に関連性はなく、それぞれ単発の事件である。裁判官は30代、東証社員は20代、弁護士は30代と若い世代が多いが、三井住友信託銀の元社員は管理職だった。
東証社員は職務を通じて知ったTOB(株式公開買い付け)などに関する情報を公表前に親族に伝達し、その情報を基に親族は複数回にわたって不正な株取引を行い、少なくとも数十万円の利益を上げていた。他の事案では、自身が利益を得るために、本人名義で株式を売買していた。
それぞれの金銭事情がどうであるかは不明だが、傍目(はため)には連続強盗事件の実行役のようなお金に困る人たちとは思えない。というより、年収は少なくとも同年代の平均より多いクラスだろう。
いずれも、金融商品取引法違反の疑いだが、裁判官と東証社員は監視委の強制調査を受けている。
東証は約4000社が上場する国内最大の証券取引所であり、その社員は上場企業の審査や重要情報を発信する「適時開示」の確認などを担う部署の人間だからであり、裁判官が出向していた金融庁は東証を監督する官庁だからだ。監視委は東京地検特捜部への告発も視野に詳細な取引状況などを調べているという。
それにしても、である。疑惑が持たれた人たちはインサイダー取引が犯罪であることは、百も承知のはずであり、とりわけ、東証社員や金融庁出向の裁判官は自らの行為が金融証券市場に重大な影響を与え、信頼を揺るがすものであることを知らないはずはないであろう。
東証を傘下に持つ日本取引所グループ(JPX)は先月29日、独立社外取締役で構成する「調査検証委員会」を9月設置したことを明らかにし、社員教育や情報管理など内部体制に問題がなかったか原因究明を進め、再発防止策の策定に生かすという。
三井住友信託銀の大山一也社長も今月1日の会見で、社内に調査委員会を設置して事実関係を確認し再発防止に取り組むとする。
ただ、再発防止策といっても、具体的には倫理教育の徹底ぐらいであり、管理体制もプライバシー上の問題から「個人の財産や行動をすべて監視することは困難」(大山氏)な状況である。
結局は個々人のモラルの問題になってしまうが、世は政府が貯蓄から投資へ積極的な投資活動を勧め、また、キャリアアップへ転職が当たり前になりつつある時代。自らの仕事、職業に対する矜持(きょうじ)が持ちにくい時代、風潮になっているのであろうか。