
先回は内モンゴル自治区とは名ばかりで、漢人による強権統治が行われている実態を聞いた。さらに南モンゴルクリルタイ常任副会長のオルホノド・ダイチン氏は、無知な行政が長年継続されてきたモンゴル遊牧文化の息の根を止めようとしていると憤る。(聞き手=池永達夫)
――農耕文化の漢人が入ってくることで、モンゴル人の遊牧文化が侵されることは。
モンゴルは昔は遊牧民で、移動文化があり家畜に食べさせる草を求め春から秋にかけて移動しないといけませんでした。
それが今では全くできなくなっています。共産党政権下の内モンゴルのほとんどの地域では、家畜を家畜小屋から出してはいけない放牧禁止と定められ、家畜の移動ができないのです。出したら罰金を科されます。それが払えなかったら、家畜は政府のものになってしまって取り上げられるのです。これが当局の収入源になっているのが「放牧禁止」政策を取る地域の大きな特徴にもなっています。
――モンゴル人は遊牧生活をやめて、畑を耕しているのですか。
そういう地域もあれば、放牧を維持している所もあります。ただ移動はできません。だから広大な自分の放牧地がないと難しいのです。その意味では牛や馬、ヤギや羊といった家畜の放牧は限られた人しかできません。
――干ばつや雪害が繰り返される乾燥地帯の草原生態系では、遊牧が持続的利用を可能にしてきた経緯があります。こうしたモンゴルの風土において、畑を耕すというのはしょせん無理があるのでは。
砂漠化問題というのは内モンゴルにおいては深刻な問題となっています。
研究者の調査によると、内モンゴル地域の6割が砂漠化しているということです。
ーーそういうデータが上がってくれば、いくら共産党政権といえども柔軟に対応せざるを得ないのでは。
砂漠化問題は近年の問題であって、原因は放牧ではありません。もちろん砂漠は昔から存在します。問題なのは、草原地帯の砂漠化が進行していることなのです。主原因は農業の開墾地帯拡大や人口増加、さらに乱開発などです。
ですが政府は、農業開墾地拡大に歯止めをかけようとしないばかりか、砂漠化の原因は放牧のやり過ぎにあると責任転嫁してくるのです。
それで環境回復のためとして、モンゴル人にわずかな補助を出し、強制的に町に移住させてきたのです。放牧禁止はそこから生まれてきた政策でした。
――中国が強い同化政策で臨むのは、ウイグルやチベット、モンゴルなど歴史と文化を持った民族です。
中国には56民族が存在するとされていますが、自分の国を持ったこともなく言語もない民族が多く含まれています。ウイグルやチベット、モンゴルは言語だけでなく主権を持った国家でした。特に、匈奴(きょうど)をはじめ、モンゴル帝国等歴史的に帝国をつくっていたのは言うまでもなく、現在もモンゴル国があります。モンゴルの一部であるはずの内モンゴルは中国に侵略され、植民地支配に苦しんできたわけです。現在は文化的ジェノサイドを強いられているのです。そうした民族に対する同化政策には強権の鞭(むち)が振るわれるのです。
中国4000年の歴史というけれども、モンゴルは中国と一緒になったことは一度もありません。万里の長城にしても内モンゴルの南端に築かれており、その北部は長い間、モンゴル系民族が統治していたのです。
――チベットにはダライ・ラマ法王、ウイグルにはラビア・カーディル女史が存在するものの、内モンゴルには民族の束ね役となるようなリーダーが存在しないのでは。
強権統治の中国政府は、内モンゴルのリーダーをことごとくつぶしてきました。南モンゴル民主連盟主席だったハダ氏はフフホトの住宅団地に軟禁されたままです。ハダ氏は彼と家族の銀行口座も凍結され、海外からの支援金送金もままならないのです。
また南モンゴル民主連盟の東部地域の責任者だったフーチンチ氏も同様の措置を受け、2016年10月26日に亡くなるまで当局の監視体制下に置かれたままでした。
――米大統領選が11月5日に行われます。中国としてはハリス氏とトランプ氏のどちらがよりベターなのでしょうか。
共和党、民主党とも対中政策の基本姿勢では、大きな方針に変わりはないのです。それを熟知しているのが中国です。世界の覇権を握ろうとする野心を持った中国に対し、民主党も共和党もそのまま放置しておけないという共通認識を持っています。
ただ民主党と共和党のやり方は少し違います。
民主党は中国を戦略的競争関係と位置付けている一方、共和党の対中認識は競争的共存ではなく勝ち残る道を模索しているように思います。
――何が米国の対中観変革をもたらしたのでしょうか。
米国は中国が経済発展すれば自由化と民主化が進むものと思っていましたが、経済的変革はあったものの結局、政治的変革は起こらなかったのです。そうした自由民主化への期待がものの見事に裏切られたことが大きかったと思います。
中国は経済発展というおいしい果実だけ取って、守るべきルールも全く守らないのですから米国の失望は大きなものがありました。
――中国とすれば米社会の分断が進行し、民主主義が機能不全に陥ることに期待を寄せているのでは。
それは間違いがないと思います。さらに中国とすれば米社会分断構造の中で、中国の政治システムが米国と共存できると思い込ませることができれば、それがベストシナリオだと期待し工作してくることでしょう。
メモ インタビューしながら、米中の違いは何だろうとふと思いがよぎった。一つは米国はルールを決めたら、相手のルール違反にペナルティーを科すと共に、自分もそれを守ろうとするものの、中国は相手のルール違反には騒ぎ立てても、自分は敢(あ)えてルール違反を犯し、それを隠そうとする。いわば米国は相手にも厳しいが自分にも厳しい紳士、中国は相手には厳しく自分には甘いエゴイストということだ。