編集委員 森田 清策
「多様性の尊重」の旗印を掲げて、他者には寛容を求めるが、立場の違う人間は徹底排除する――。
現在のLGBT(性的少数者)運動の中には、反対意見を封殺しようとする過激な活動家が少なくない。支援団体が提出した請願の採択に反対した地方議員に「殺すぞ」と脅迫電話がかかってきたことがある。あまりの激しい攻撃に、謝罪に追い込まれた議員もいる。そんなLGBT運動の排他性を浮き彫りにする実態がまた発生した。
差別や人権侵害のない社会の実現を目的とし、千葉県は今月2日、市川市内で人権啓発指導者養成講座を予定していた。ところが先月末、ホームページに「諸般の事情により中止」の案内が掲示された。
当日には、被差別部落出身者に関する人権と女性に関する人権の二つの講座が行われる予定だったが、問題となったのは後者。小説家で、LGBT当事者団体「白百合の会」代表の森奈津子さんが講師となり、「体ではなく心の性を決めようとするLGBT思想、トランスジェンダリズムを法制化しようとする動きから、女子トイレ、女湯、更衣室などの『女性スペース』を守る活動について」語るはずだった。トランスジェンダリズム(性自認至上主義)は自分の自認する性別に基づく法律や制度を推進する思想だ。
一口にLGBT当事者といっても、理解増進法や同性婚の法制化に反対する人がおり多様だ。トランスジェンダリズムに反対する当事者団体は白百合の会の他にもある。自称「女性」の男性による女性スペースへの侵入を誘発する危険があるからだ。
森さんはかつて記者会見で「LGBT活動家は当事者の代表ではない」として、他の当事者の生の声を伝えてほしいと訴えていた。そんなこともあって、筆者は彼女を講師に選んだ千葉県の対応を評価していた。ところが、開催が1週間後に迫った時期に、急きょ中止が発表された。驚く半面、「やはりな」との思いも湧いた。
というのは、X(旧ツイッター)上には、活動家とみられる人物らによって「トランスジェンダー当事者を嘲笑している」などと、森さんを差別主義者のように非難し講座の中止を求めるポストが増えていたからだ。その流れの中で、昨年、議会に提出した「多様性尊重条例」を成立させた熊谷俊人知事が「経緯を確認します。私も驚いています」とポストし、森さんの講師起用に否定的な反応を示していたので「中止になるかも」と不安を抱いた。
県の関係者に話を聞けば、講座に対しては賛否の声が寄せられていたが、それだけでなく「安全面の問題も出ていた」と、“脅迫”めいた圧力があったことを示唆した。中止には熊谷知事の指示も考えられるが、県が反対活動に屈する形で、講座を中止したことで、森さんが当事者の声を伝える機会は県内だけに限らず公的な場から奪われることが予想される。中止を直接指示したかどうかにかかわらず、発言の場を守らなかった熊谷知事の責任は重い。