編集委員 池永 達夫
タイの政局が激しく揺れ動いている。
憲法裁判所は7日、下院最大勢力の野党・前進党に解党命令を出し、党の幹部11人に10年間の政治活動禁止を命じた。その1週間後の14日には与党・タイ貢献党のセター首相を解任した。
そして16日には貢献党党首でタクシン元首相の次女ペートンタン氏が、第31代首相に選出された。
9月上旬には閣僚人事が決まり、ペートンタン新政権が正式に発足する。結局、昨年8月22日に首相に選出されたセター氏は、1年を経ることなくそのポストを追われた。
議員歴がなく民間から首相に抜擢(ばってき)されたセター氏は、コロナのくびきからやっと脱したタイにコロナ前の活況を取り戻すべく精力的に働いた。その働き者のセター氏が首相ポストから引きずり落とされたのは、犯罪歴のある人物を閣僚に取り立てようとした任命責任が問われたからだ。クーデター政権から指名された裁判官からなる憲法裁判所はその古傷をつついて、セター氏の首を取った。
軍など保守派の意向を受けた、その政治的意図は明白でタクシン元首相への政治的牽制(けんせい)にある。
要は保釈の身ながら、隣国カンボジアに飛んで院政を敷くフン・セン前首相と両国の領海にまたがった海底油田開発の談合に動いたり、ミャンマー軍事政権のトップとも両国の政治課題解決に向けた会合を持つタクシン元首相に、マスコミから「31・5代首相」と揶揄(やゆ)されるような行動を慎めと牽制しているというのだ。
なおタイが東南アジア諸国連合(ASEAN)最大規模の海外企業進出先となってきたのは、その政治的安定性が買われた背景がある。そのタイの政治的安定度が危うくなりつつある。
タイの政治的安定度の高さを誇ってきたのは、タイ型民主主義の形が機能したからだ。これは議会制民主主義ですべてが決まるわけではなく、国王と国軍、議会の3者の緊張関係から構成された歴史的産物だった。
政権の弊害が顕著となった場合など、軍がクーデターを起こして政権を放逐し、国王がクーデターを承認することでクーデター政権が次期総選挙までの選挙管理内閣として権力を握る。ただ、クーデターがいつも国王からの承認を受けるというわけではなく、国王と軍、それに議会の3者が緊張関係を保っていたことがタイ型民主主義に命の息を吹き込んでいた背景があった。
そのタイ型民主主義を構成してきた3者の経年劣化が甚だしい。
最たるのは国家・国民の束ね役である国王の求心力低下だ。また中国製潜水艦や武器の購入などを決めた軍の中国傾斜も懸念されるし、政治家もポピュリズムが幅を利かせるようになってきた。
タイは政経ともに正念場を迎えている。