編集委員 森田 清策
「人間の性を、体の違(ちが)いによって男性と女性の2つに分ける考え方は、日本の社会に根強く残っています。しかし、人間の性は単純(たんじゅん)に『男性』と『女性』に分けられるものではありません」(大修館書店「最新 中学校保健体育」)。
令和7年度から使用される教科書の展示会が行われている(すでに終了した自治体もある)。昨年6月施行の、いわゆる「LGBT理解増進法」が教科書にどんな影響を与えているのか、調べるため展示会場を訪れた。「根強く残っています」には違和感を覚え、誘導性も感じる。冒頭に紹介した文章の後には、次のような説明が続く。
「多くの人は体の性と心の性が一致(いっち)していますが、これらが一致(いっち)しない人や同性を好きになる人などもいます」として「性的マイノリティ」を紹介。「周囲の誤解を得られずに悩(なや)んだり、偏見(へんけん)や差別を受けて苦しんだりすることが」少なくないとしている。その右横には、「体の性」「心の性」「好きになる性」「表現する性」について図を付けて解説している。
「東京書籍」の「新編新しい保健体育」は「性の多様性」の項目の中で、「性には『男性』『女性』という『体の性』以外にも、『心の性』や『好きになる性』、『社会的な性』など、いろいろな『ものさし』があります」と図入りで記述。そして、この四つのものさしの下には、それぞれ(生物学的な性)(性自認)(性的指向)(性表現)と説明する。
このように新しい中学生用教科書のうち、LGBTに触れているものは26点で、前回(主に令和元年度検定)から10点も増えている。学習指導要領は前回から変わっておらず性的マイノリティには触れていない。増えたのは明らかに理解増進法の影響だろう。
「性」の問題は大人でも難しいし、家庭の価値観も違う。体の性なら中学生でも理解できようが、性自認は難解過ぎる。教師でさえ適切に説明できるとは思えない。
性自認は概念が曖昧で、理解増進法案の審議過程でもその扱いが問題となった。自民党原案は「性同一性」を使っていたが、それが性自認に修正され、最終的には英語のジェンダーアイデンティティとなった経緯がある。その定義は「自己の属する性別についての認識に関するその同一性の有無又は程度に係る意識」となっている。
これでも難解でしかも主観性の強い文言だということが分かるが、性自認も同じで、この文言を使うと、自分の感覚で男性か女性かを決められる“性自認至上主義”を煽(あお)る懸念があった。ジェンダーアイデンティティを使ってもそれは同じだが、法案を危険視する保守派議員の反対をかわすための苦肉の策だった。
これほど厄介な性自認つまり心の性を体の性と同列に扱えば、生徒を混乱させるのは目に見えている。第2次性徴の思春期には、「性の揺らぎ」が見られる。その時期に学校で性自認を学ぶと「自分は体の性は女性だが、心の性は男性だ」と思い込む女子生徒が出ないとも限らない。
学校におけるLGBT教育について、理解増進法は家庭や地域住民などの協力を得て行うことを求めている。子供と家庭の価値を守るため、保護者は学校教育への監視の目を光らせる必要がある―。来年度から使われる教科書を調べて、このことを強く思った。