編集委員 早川 俊行
ウクライナ戦争に続き、中東でも戦闘が発生し、米国は「二正面」対応を強いられている。中国が万一、台湾への軍事侵攻に踏み切り、「三正面」対応となれば、さすがの米国も極めて困難な状況に追い込まれるだろう。
国際秩序が著しく不安定化する中、米国の軍事的抑止力が何より重要になっている。ところが、肝心の米軍は今、深刻な「危機」に直面している。これは装備や予算といったハード面の問題ではない。若い世代の間で軍を敬遠する風潮が強まり、新兵が思うように集まらないのだ。どんなに強力な兵器を開発し、配備しても、実際に戦う兵士を確保できなければ張り子の虎となってしまう。
米陸軍は2022会計年度(21年10月~22年9月)の新兵採用が目標より約1万5000人、割合にして25%も下回った。23会計年度は新兵採用難が陸軍だけでなく海・空軍にも広がり、陸軍は約1万人、海軍は約7500人、空軍は約2500人、それぞれ目標に届かなかった。
「これはわれわれの存亡に関わる問題だ」
クリスティン・ウォーマス陸軍長官はこう語ったが、決して大袈裟(おおげさ)な話ではない。大規模な新兵不足が続いたことで、陸軍の規模は1940年以降で最小となる45万2000人に縮小した。海軍にとっても7500人の新兵不足は、空母1・5隻分の乗組員に相当する規模だ。73年の志願制移行からちょうど半世紀が経過した米軍は今、過去最悪の「新兵募集危機」に直面しているのである。
新兵獲得が難しくなっているのは、失業率が低下し民間に人材が流れていることが最大の要因だが、そもそも入隊資格のある若者が少ないことも大きな問題だ。国防総省の報告書によると、若者の77%が肥満や健康・精神上の問題、薬物使用などで入隊できないのだという。
さらに深刻なのは、若者たちの間で愛国心が薄れ、軍務には就きたくないという風潮が強まっていることだ。特に民主党を支持するリベラルな若者ほどその傾向が強い。
ギャラップ社が今年6月に公表した世論調査では、米国民であることを「非常に誇りに思う」と答えた18~34歳の民主党支持者は12%にとどまった。大学などで教えられる反米自虐主義が若い世代で浸透した結果だろう。
愛国心がなければ、当然、国のために命を懸けようとは思わない。若者を対象にした「モニタリング・ザ・フューチャー」調査によると、軍務を希望する民主党支持の白人男性はわずか3%だ。
バイデン政権はトランスジェンダーの軍務を解禁するなど、保守的だった米軍のカルチャーをリベラルへとつくり変えている。こうした取り組みが新世代を引き付けられると考えているのかもしれないが、むしろ愛国心の強い保守的な若者たちを遠ざけてしまっている。
このまま新兵不足が続けば、米軍の抑止力・即応力にも悪影響が及ぶことは避けられない。中国が台湾奪取を虎視耽々(たんたん)と狙う中で、極めて憂慮すべき問題である。