【世日クラブ講演要旨】国史 奈良の変~7・8安倍晋三元総理暗殺事件の真相―札幌医科大学名誉教授 高田 純氏

単独でなく組織テロの疑い 山上2発目の直前に謎の音 真実解明に本腰入れぬ県警

世界日報の読者でつくる世日クラブ(近藤譲良会長)の定期講演会が6月24日、動画サイト「ユーチューブ」の配信を通じて行われ、理学博士で札幌医科大学名誉教授の高田純氏が「『国史 奈良の変』~7・8安倍晋三元総理暗殺事件の真相」と題して講演した。高田氏は昨年7月に安倍晋三元首相が山上徹也被告の銃撃で殺害された事件について、「現場の映像と音響解析の結果を言うならば、一つは山上ではない狙撃弾が安倍氏の命を奪ったということ。もう一つは単独による犯行ではなく、組織的なテロだったということだ」と訴えた。以下は講演要旨。

テロ事件の起きた政治的、軍事的な背景を見てみると、日本が巻き込まれる二大戦争リスクがあった。中国共産党の台湾への武力攻撃とロシアのウクライナ侵攻だ。安倍氏はこの二つのリスクを踏まえ、日本の抑止力を高めるために軍事予算を増加させるべきだと、日本で最も主張した政治家だった。そのため、昨年は国内で反安倍という政治闘争が頂点に達していた。その渦中で安倍氏が暗殺されてしまったことは押さえておかねばならない。

 たかだ・じゅん 昭和29年、東京都生まれ。札幌医科大学名誉教授。中国・北朝鮮の核武装問題、核テロ対策に、自衛隊衛生隊や国民保護室と連携し取り組んできた。広島、チェルノブイリ、セミパラチンスク、マーシャル諸島、シベリア、シルクロード、福島など世界の核放射線災害地を現地調査。日本シルクロード科学倶楽部会長、放射線防護情報センター代表、放射線防護医療研究会代表世話人、放射線の正しい知識を普及する会理事、日本安全保障フォーラム理事など。

事件当日の現場の映像や音声を調べてみると、安倍氏の応援演説が始まって間もなく、背後に山上が近づき、爆音と同時に白煙も上がった。その2・7秒後、もう一度白煙とともに発砲したわけだが、発射直前の0・2秒前、「シュピッ」という音がしている。

 また、安倍氏が背後を振り向いた際、安倍氏のカッターシャツの右襟がなぜか動いた。山上被告による2回の爆音の間にカッターシャツが動き、「シュピッ」という音がしたことから、この時に狙撃されたと考察できる。

他の現場映像の調査・解析を進めていくと、不自然な点が幾つも見つかった。山上の身長が165センチであるのに対し、身長175センチの安倍氏は約40センチの演台に上がっていた。安倍氏の頸部(けいぶ)を狙うなら発砲角度は斜めになるはずだが、映像だと山上の発砲は水平だった。現場から90メートル離れた立体駐車場の壁面から弾痕も発見されているが、これも壁の穴の形や山上被告の銃の向きから考えると角度的な矛盾があり、捏造(ねつぞう)の弾痕であることが疑われる。

安倍氏を後ろから狙撃しようとしているのに、山上がわざわざ爆音のする銃を使ったのも妙だ。これは山上が撃った弾が安倍氏の命を奪ったと思わせるためのマジックだったと考えられる。爆音で聴衆の注意を集め、その逆方向から別の狙撃手が銃撃したのだとすれば、山上の位置から反対となる安倍氏の右襟が動いたことにも説明がつく。

そもそも山上被告が最初に放った銃撃だが、自民党奈良市支部の青年局長・櫻井大輔氏に直撃したはずなのにけがもしていない。2発目もSPが防弾カバンをかざして山上被告と安倍氏の射線に突進したが、SPどころかカバンも無傷だった。音響解析すると2発とも同じものであり、両方とも空砲だったと考えられる。

おそらく事前の打ち合わせとして、山上が最初に爆音を鳴らし、それを合図に別の狙撃手が狙いを定め、2発目の直前に狙撃手の銃弾が当たるよう計画していた。「シュピッ」という音は、安倍氏のマイクから20メートル離れた選挙カーのスピーカーからも聞こえていた。その日のニュースでは「銃声が3回あった」と言っていたのに、翌日の報道から「銃声2回」と変わってしまった。私もずっと「3発目」の存在を訴えているが、マスコミは黙ったままだ。

山上の供述では、自作銃の中に6発の弾をそれぞれ2本のパイプの中に込めて、直径10ミリの金属球を撃ったとされているが、暗殺者の武器としては不自然だ。流線形の銃弾の方が真っすぐ飛ぶし、殺傷能力も高い。

本当の狙撃手が流線形の銃弾を使用していたなら、現場から球形でない銃弾が出てきたらトリックがばれてしまう。銃弾の回収部隊もいたはずだし、事件発生直後、安倍氏に駆け寄った人たちの中に何人か交じっていたかもしれない。

治療を行った福島英賢奈良県立医科大教授は、頸部2カ所に銃創があり、1発は心臓に達して大きな穴を空け、もう1発は左肩から射出したと証言している。現場の大規模捜査が事件から5日後に行われたが、本来は事件当日に現場を封鎖して、体内から射出した銃弾を見つけることが警察の仕事だったはずだ。

しかし、当日に警察がやったのは、近隣住民を遠ざけて山上の自宅を家宅捜査するなど、派手ではあったが意味があったとは思えない対応だった。何かしらの力が働いて、県警に捜査をさせなかったとしか思えない動きだ。

司法解剖の結果も福島教授の証言と異なり、「心臓の穴」には全く触れておらず、信用できない。奈良県警の信用は完全に失墜した。今でも奈良県警は現場映像や山上の自作パイプ銃の能力試験を公開せず、真犯人を見つける努力を一切していない。私たちのリポートも完全に無視されている。

安倍氏が亡くなった後、激しい国葬反対運動が起こった。日本共産党や立憲民主党などは以前から「桜を見る会」などをやり玉に挙げて安倍氏への攻撃を行っていたが、中には安倍氏の顔マスクをブルドーザーで踏み付けるなどの信じられない過激なデモもあった。このデモには日本共産党の参院議員も参加していた。

さらに国葬反対で掲げられたプラカードなどの中には、日本人が書いたとは到底思えない漢字表記や誤字が散見され、中国などの海外勢力も関わっていたのは間違いない。他にも9条護憲派、脱原発派などが参加していた。これらの運動は国葬直前まで続き、暴力的なトラブルも発生していた。これだけを見ても暴力に肯定的なグループが山上を支援していたことが分かる。

これらの調査は、インターネットを通じて協力してくれている約6万人のチームと共にまとめたものだ。今年3月まで進めてきた調査の報告書は、安倍氏の命日に合わせて出版する。事件現場となった奈良市の市長は、まるで事件などなかったかのように現場を消去してしまった。日本の暗い歴史をきちんと刻んで後世に残すという思いを込めて、刊行する本のタイトルは『国史 奈良の変』とした。

「変」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは「本能寺の変」だ。あの時、中国地方にいた羽柴秀吉が凶事を知って急いで引き返したが、秀吉はこのリスクを予想していた可能性がある。安倍氏の銃撃事件でも同じく、事件を予期していた人がいたとしてもおかしくない。

事実、犯行のための舞台設定が整い過ぎている。事件現場では安倍氏の背後に選挙カーを置かせず、後ろの警備も行わないなど警察の警備も不十分だった。しかも、安倍氏の応援演説の場所は長野から急に奈良へと前日に変更された。既に安倍氏は奈良で応援演説を行っており、行く必要はなかったはずなのに強烈な呼び掛けが奈良の自民党からあったことが考えられる。

米国のジョン・F・ケネディ大統領が暗殺された時は、真相究明のための委員会が設置され、調査報告書も翌年一般公開された。しかし、日本の国会では再調査しようという声すら出てこない。タイトルに「変」と付けたのは、銃撃事件には今なお数多くの疑惑が渦巻いているからだ。

 

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