藪中氏が「不可思議」
新型コロナウイルス、北京冬季五輪から話題はロシアのウクライナ侵攻が跳ね上がっている。ロシアのプーチン大統領は、21日にウクライナ東部の親露派支配地域を独立承認すると、24日に許し難い全面侵攻を開始した。
「侵略者、独裁者」とバイデン米大統領はプーチン氏を名指しで批判し、米国はじめ西側諸国の対露制裁が始まった。が、米露の交渉がまだテーブルにあった20日の放送で、TBS「サンデーモーニング」に出演した論客からは、事態悪化に米政権への疑いのまなざしも向けられた。
大規模制裁を警告し、プーチン氏の侵攻決断を諜報(ちょうほう)に基づいて発表したバイデン大統領について、元外務事務次官の藪中三十二氏は「極めて珍しい軍事情報を出して」発表し、経済制裁だけ唱える外交は「不可思議だ」と評した。その上で、「プーチンの挙げた手を下ろすような外交上の工夫は可能と思うが、米国は本気になっていない」と疑問を呈したのだ。
クリミア半島併合に続いて軍事行動を起こそうとしていたロシアを前に、米国に本腰を入れた外交で解決を求めた発言は少数意見に思える。しかし、旧ソ連のテリトリーにまで北大西洋条約機構(NATO)が東方拡大するウクライナの加盟問題が制御不能にエスカレートすると予想して、米国が早くから手を打ったとは言えないのも事実だ。
昨年11月にロシアはウクライナ国境付近に軍を集め、米国やNATOに条約案を提示した。NATOの東方不拡大を保証するなどの要求を米国やNATOにしたものだが、藪中氏は米露で安全保障の話し合いをやることで「ほぼその内容に応えることはできる」との認識だった。
米国とNATOは、今年1月26日にロシアに応じない回答をした。藪中氏は「原理原則で米国はイエスとは言わない」と批判気味な捉え方だ。実質不拡大など何らかの落としどころを探れたはずだとの見方だろう。
中国漁夫の利を懸念
藪中氏の前に意見を述べた政治学者の姜尚中氏は、「なぜ米国がここまでやっているかというと、ロシアとトランプをセットにして、ここでロシアを叩(たた)くことによってトランプの次の芽をつぶし、中間選挙でも票を稼げるのではないかと」中間選挙、次期大統領選に向けた選挙絡みの思惑を推測していた。
トランプ前大統領をロシア疑惑で追及した米民主党だが、バイデン政権発足後、アフガニスタン米軍撤収でタリバン政権復活を許したのが大きなつまずきとなった。ロシアを相手としたウクライナ危機で失点を大きくしないで、政権浮揚を狙う政治的計算はあるだろう。
バイデン氏の支持率は、ロイター通信の世論調査で1月に大統領就任以来最低の43%に落ちている。中間選挙の敗北が予想され、大統領選でもトランプ氏か別の共和党候補に敗れる可能性もある。
番組放送はロシアの全面侵攻が起きる前だが、姜氏はウクライナ情勢について「ぐっと距離を置いて俯瞰(ふかん)した方がいい」との見方を示していた。「米国はかなり外交的軍事的なリソースを注がざるを得ない。では誰が一番もうけるのか、中国に決まっている」と懸念したものだ。
制裁を受けるロシアは中国を頼り、米国は力をロシアにも振り向けると中国が漁夫の利を得る。姜氏は「米国の主要なリソースはアジア太平洋に注がなければならない」と訴えた。米国が国家安全保障戦略で中国を「唯一の競争相手」としたが、ならば対露関係の緊張を高めてはならなかったという理屈になる。
予防外交たり得たか
しかし、プーチン氏との間で米露関係改善に意欲を見せたトランプ氏を大統領職から追い落とそうと、民主党はサイバー攻撃で選挙を不利にされたと主張するロシア疑惑をとことん追及した。バイデン政権発足後もロシアと険悪なままで、アフガン撤収で軍事に弱腰な姿を見せ、自ら予防外交の道を閉ざした側面もあるはずだ。(窪田伸雄)