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パラ報道と谷垣氏インタビュー、見事に“切り取った”毎日の見出し


◆重みがある「自助論」

 評論家の石平氏の趣味は写真撮影。それは「美しいもの」を自分の目で発見し、写真に“切り取る”面白さだという(産経「話の肖像画」29日付)。新聞の見出しも同じではないか。こちらはニュースを切り取る。とりわけスポーツ面がそうだと思う。

 パラリンピックではこんな見出しに心が引かれた。いずれも毎日。「友よ、さあ行きまっせ」(友の形見の矢入れと出場する関西出身アーチェリー・上山友裕選手=26日付)、「父さん、カッパになれたよ」(最年少14歳で女子100メートル背泳ぎ銀メダル・山田美幸選手=同)、「13年ぶり、至福の金」(ロンドン大会以来の100メートル自由形金メダル・鈴木孝幸選手=28日付)。

 毎日29日付1面トップは「こういうのが障害者なんだ」。この切り取りにも心が引かれた。自民党総裁選を控え「迫る」とのロゴ入り企画記事で、谷垣禎一・元自民党総裁の近況をインタビューを交えて伝えている。

 谷垣氏は5年前、サイクリング中に転倒し脊髄を損傷、下半身麻痺(まひ)となり政界を引退した。今でも血圧は安定せず、汗が出ないので体温調節もできず、油断すると熱中症のようになる。それでも前を向く。パラリンピックの開催を心待ちにしていた。

 「本人にやる気がなければできないことです。それぞれが頑張っている姿を一人でも多くの人に見ていただきたい」

 記事は「菅義偉首相が目指す社会像として語る『自助、共助、公助』。元々は自民党の野党時代に総裁の谷垣さんが掲げたスローガンだ。障害者となった今、その言葉をかみしめる」と、谷垣氏の言をこう記す。

 「『自助』は、新自由主義的な『自己責任』に偏った言葉と批判される。でも、そうじゃない。私程度の者であれ、パラスポーツで頭角を現すような選手であれ、自分で自分の体を動かしてパフォーマンスを少しでも良くしようという気持ちを持っています。助けてもらわないとできないこともあるけれども、自分で少しでも努力して自分の体が動くようにしようと」

 障害者の谷垣氏だけに「自助論」は重みがある。

◆産経・読売もエール

 パラ開催を伝える産経25日付は1面で森田景史・論説委員「『私たちの祭典』にしたい」、2面主張「ないものを嘆くのではなく あるものを活かすことを学ぶ」の2本の論説を掲げた。主張はパラ大会史上最高の成功と称されたロンドン大会では「ロンドンが大会を成功させたのではなく、パラリンピックがロンドンを変えた」との逸話を紹介し、「同じ物語が東京で紡がれることを切望する」と熱いメッセージを綴(つづ)った。

 読売25日付は五輪同様に1面と最終面をカラー見開きの大会特集とし、社説は通常の扱いながら「共生社会考える契機にしよう」とエールを送った。これに対して朝日はどうだったか。

◆明らかに冷めた朝日

 前日の24日付に「安全対策に万全期して」との社説を掲載したが、通常の2本ある社説の1本、それも下段という平凡な扱い。中身もコロナ対策への批判を書き連ね、パラ開催の意義は申し訳程度に触れただけだった。

 開催式を報じる朝日25日付1面に「共生社会へ、人々つなぐ大会に」との視点を載せたが、ライターは「東京スポーツ部パラリンピックキャップ・榊原一生」という一キャップ。あくまでもスポーツ部のもので、社としての押し出しはまったくない。いかに朝日が冷めているか、一目瞭然だ。

 パラリンピックの価値には「勇気」(マイナスの感情に向き合い、乗り越えようと思う精神力)「強い意志」(困難があっても、諦めず限界を突破しようとする力)がある。谷垣氏の「自助」に通じる。朝日はパラリンピックから何を切り取っているのか。自助嫌いで冷ややかなら何をか言わんや。それでは共助も公助も成り行かず、社会(つぶ)潰しとなる。

(増 記代司)