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五輪でも女性と性的少数者を“差別の被害者”に仕立てる「アエラ」


◆史上最多の女子選手

 熱戦が繰り広げられている東京五輪への女子選手の参加数は男子と同数とまではいかないが史上最多で、割合は約49%に達する。卓球の混合ダブルスや柔道の混合団体のように、男女で共に戦う種目も増えている。

 開会式で、大会組織委員会の橋本聖子会長は「お互いを認め、尊重し合い、一つになったこの景色は、多様性と調和が実現した未来の姿そのもの」と強調したが、その言葉を百パーセント具現化したとまでは言えなくても、東京五輪はスポーツにおける男女平等の理想が実現に向けて確実に前進していることを示す大会であると言えよう。

 これを素直に評価すればいいものを「ジェンダー平等」という左派イデオロギーをてこに使って大会にけちを付けた週刊誌がある。朝日新聞出版発行の「AERA」は7月26日号で、「男らしさに価値『速く高く強く』―「東京五輪で『ジェンダー平等実現』は遠い―」と銘打ち、「同性愛嫌悪」まで持ち出して、スポーツにおける性差別に焦点を当てた。

 記事はまず、今大会の開会式で各国・地域選手団の旗手が男女1人ずつが共同で務めることになったことや、男女混合種目数が18と、前回のリオデジャネイロ大会の2倍になったことなどを挙げた。そして、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長の「ジェンダーバランスが取れた史上初めての五輪」という言葉を紹介する一方、「本当にそうなのか」と疑問を呈している。

 スポーツ界における問題の一つとして「アスリートの男女の待遇差」を挙げた。テニスやサッカーW杯における賞金、そしてメディアの注目度に、男女格差がまだ残っているというのである。これには一理ある。しかし、スポーツにおける性差別を考える上で「忘れてはならないのは性的マイノリティーの選手たちだ」という主張に至っては同意できないどころか、呆(あき)れてしまった。

◆女子選手が強く批判

 今大会には、重量挙げ女子87㌔超級にニュージーランド代表として、元男子選手として活躍したトランスジェンダー(トランス女子)選手が参加するが、トランス女子が女子種目に出場することに対しては、特に女性のスポーツ選手から「フェアーじゃない」と強い反発が起きている。

 性別適合手術を受けて、テストステロン(男性ホルモン)がIOCのガイドラインで決められた値を下回っていたとしても、女性との生物学的な差は歴然として残るのだから、女性選手が「不公平」と感じるのは当然と言うべきだが、記事はこうした声も差別意識の反映だというのである。

 スポーツとジェンダー・セクシュアリティー研究が専門の井谷聡子・関西大学准教授の次のコメントだ。「身体的性別が男性だからといって、全ての男子選手が女子選手より優れた選手とは限らないのに、トランス女性がスポーツで活躍すると差別的言動にさらされる現実がある」

 だが、スポーツにおいて、男子選手より優れた女子選手が存在するからといって、それがトランス女性の女子種目参加を正当化する理由にどうしてなるのか、理解に苦しむコメントだ。このほか、井谷氏は、スポーツ現場に根強い同性愛嫌悪も含め、その背景には三つのイデオロギーがあるという。①男性の方が優れているはずだという性差別意識②生物は男と女しかないという性別二元性③異性愛を当然とする考え―のことだ。

◆対立関係に置き換え

 この三つに対する疑問を述べる紙幅はなくなったが、社会の持続可能な発展のため、人間は男女の性差を受け入れて互いに補完し合うという関係を築き上げてきた(もちろん改善すべき点は残っているが)。その事実を無視し、単に被害者・加害者という対立関係に置き換えたがっているジェンダー論者たちがおり、そのために性差別意識、性別二元性、そしてジェンダー平等という概念を巧妙に使っていることがよく分かる記事だった。

(森田清策)