被害者意識から自立へ
元沖縄大学教授 宮城能彦氏
世界日報の沖縄県内読者でつくる「世日フォーラム沖縄」講演会が8月15日、浦添市内で開かれ、元沖縄大学教授の宮城能彦(よしひこ)氏が「沖縄人とは何か~地域社会学からの考察」と題して講演した。地域社会学や共同体論を専門とする宮城氏は、戦後沖縄におけるアイデンティティーの変遷をひもとき、沖縄の未来には「被害者性を克服し自立することが欠かせない」と強調した。以下は講演要旨。

沖縄人のルーツを歴史学とゲノム(全遺伝情報)研究の客観的指標から分析することが重要だ。歴史面では沖縄の歴史を研究した安良城(あらき)盛昭・元沖縄大学学長の説が支持できる。1609年の薩摩侵入で琉球は実質的に幕藩体制の一部となり、1879年の琉球処分は「他律的な民族統一」であったと論じた。
17世紀の幕藩体制への編入という見解には賛同するが、「民族統一」という表現には慎重であるべきだ。ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーのオーストリア併合やロシアのプーチン大統領のウクライナ侵攻など、「民族的一体性」が侵略の口実に使われる危険性がある。そもそも民族とは何で近代国家とは何か、という視点に立って慎重に歴史を取り扱わなければならない。
■遺伝子は本土と同質
一方、ゲノム研究では、沖縄のルーツが「11世紀ごろに九州から大量に移住した集団」にあることが示されている。遺伝子研究では本土との強い同質性が証明されており、沖縄が太古から孤立した先住民だけで構成されていたとするような単純な議論は否定されている。
米軍統治下に生まれ、アメリカ文化に囲まれて育った。小学6年生の時に1972年の沖縄本土復帰を経験した。この歴史的転換点を肌で感じたことが、後に「沖縄人のアイデンティティー」を追究する原点となった。「復帰をなんとか理解できたが、運動にどっぷり浸りきってはいない世代」だからこそ、少し引いた客観的な視点で歴史を見つめられた。
復帰直後、沖縄の教育現場では劇的な変化が生じた。それまで復帰運動を推進した戦前世代の教職員から、戦後生まれの教職員へと世代交代が進み、彼らが日教組に取り込まれたことで勢力が変わってしまった。日の丸や君が代、日本政府に対する教育姿勢が大きく変化した。
同時に、全国共通の教科書導入により、教育内容に「季節の違和感」が生じることとなった。教科書には「4月に桜が咲く」とあったが、沖縄では1月後半から2月に桜が咲くため、子供たちに戸惑いが生じた。教育現場でも沖縄の方言ではなく標準語の使用が奨励されるなど、日本国民としての同化が進められる過程で、沖縄独自の文化は一時的にマイナスのイメージを帯びることとなった。
世代間分断、対話で克服
■主体的に望んだ本土復帰
復帰前後、沖縄県民は本土に対して強いコンプレックスを抱いていた。この精神的抑圧を打ち破ったのが、ボクシング世界王者となった具志堅用高氏の活躍や、歴史学者の高良倉吉氏らによる琉球王国の輝かしい交易史の解明であった。これにより、沖縄県民は「ヤマト」(本土)にいじめられ続けたという「被害史観」から脱却し、誇りを取り戻すことができた。この自信の獲得は、現代沖縄における「自己客観化」へとつながっている。
1990年代の沖縄ブームを経て、沖縄の人々は自らの文化を過剰に防衛するのではなく、自虐的なネタとして笑いに変えられる精神的余裕を持つに至った。これはコンプレックスを克服した証左である。
一部の学者が「本土復帰は必ずしも沖縄の人々が望んでいたものではなかった」と主張しているが、これこそ歴史の修正主義である。県民が主体的に復帰を望んだ事実は疑いようがない。
また、戦後の平和教育が沖縄の「被害者性」のみを強調する点には問題がある。戦時中、沖縄には自発的に戦争に協力した人も多くいるという歴史的事実を隠し、被害のみを教えることは歴史の多面性を損なう。
「被害者性」のみを強調した結果、県外の修学旅行生に対し、旧日本軍の加害責任を負うべき存在であるかのような不当な罪悪感を植え付け、将来的に沖縄旅行に来るリピーターの減少を招いている。だが、教員世代の交代に伴い、若い教員がニュートラルに平和を教える兆しも見え始めている。
■世代間の意思疎通が課題
現在、SNSとオールドメディアの二極化により、県内で深刻な「世代間の認識分断」が発生している。ネット情報のみを信じる若者と、既存メディアの報道のみを信じて若者を批判する高齢層の間で、意思疎通が困難になっている。分断を乗り越えるには、異なる意見を即座に敵視するのではなく、「相手がなぜその意見を持つに至ったのか」という背景を思いやる「寛容な心」が不可欠である。感情論ではなく、事実に基づいた双方向の対話を重ねることこそが重要である。
沖縄は、他県のようにたまたま日本に生まれたのではなく、54年前に「自ら望んで日本人であることを選択した」日本で唯一の県である。それゆえに、県民は日本批判ばかりを繰り返す「被害者」の立場に甘んじるべきではない。自分たちが主体的に選び取った日本という国をより良くするために、日本全体の未来に共に責任を負う自立した国民としての姿勢が必要である。
【プロフィール】
宮城能彦(みやぎ・よしひこ) 昭和35年、沖縄県那覇市生まれ。琉球大学法文学部卒、兵庫教育大学大学院修了、平成16年に沖縄大学人文学部教授、令和8年定年退職。専門は村落社会学、地域社会学、共同体論。著書に『名護市史 教育』、『那覇市教育史』、『日本人のアイデンティティー教育―沖縄問題を通じて―』など多数。







