沖縄の本土復帰54周年を記念した式典が5月23日、那覇市で開催された。登壇した尚本家顧問弁護士の橋口玲氏は、国連などで沖縄県民を先住民族とする議論が起きていることに危機感を示した。ゲノム研究や文化、歴史を基に反論し、「客観的な事実を次世代に伝えていくことが大切」と強調した。

式典では、第二尚氏23代当主の尚衛(しょうまもる)氏が、特別来賓として「祖国復帰は当時の県民が自らの意志と情熱によって勝ち取った自己決定権の最大の行使であり、平和を希求する心が生んだ無限の価値を有する金字塔だ」とメッセージを寄せた。
尚衛氏の代理人として登壇した橋口弁護士は今年3月、スイスのジュネーブで開催された国連人権理事会で報告を行った。
国連は2008年から現在まで琉球独立派など一部の主張を基に、日本政府に対して「沖縄の人々を先住民族として認めて権利を守るべき」という趣旨の勧告を計6回も出している。
先住民勧告に対し、橋口氏は尚家の代理人として「尚家は沖縄県民は日本人であり、先住民族ではないとする見解を明確に表明している」旨をジュネーブに届けたという。

橋口氏は先住民論を否定する根拠として、四つの客観的事実を国連に提示している。
一つ目は沖縄県民のゲノム研究。東京大学大学院理学系研究科と琉球大学大学院医学研究科の教授ら研究チームが、沖縄本島出身者25人と宮古諸島出身者25人を対象に集団ゲノム解析を行った。その結果、「沖縄の人々が日本列島の基礎集団である縄文人の遺伝要素を持つ」ことが分かった。
さらに、本州の人(17%)より沖縄の人(36%)の方が縄文人からの遺伝的な影響が有意に高いことが確認された。橋口氏は同論文から「沖縄県民は本土の日本人と同じ先祖を持つ日本列島集団の一員だ」と指摘した。
続いて、「南風原(はえばる)町」を例に、沖縄には日本の平安時代の古い言葉が残っていると説明した。「原」を「はる・ばる」と呼ぶ地名は日本全国で約90カ所あるが、そのうち9割以上が九州・沖縄地区にある。橋口氏は「言葉が九州から沖縄に伝わったことの端的な証拠だ」と言語学的観点から示した。
三つ目に「牡丹社(ぼたんしゃ)事件」を挙げ、清が宮古島の人々を日本人と認めた歴史的経緯を説明した。1871年、首里王府に献上物を届けた帰りの航路で、台風により台湾東南部に漂着した船の漁民が先住民に殺害された事件が起きた。
橋口氏は明治の官僚であった井上毅(こわし)を紹介。井上は琉球列島が室町時代以来、日本と連続性があることを証明する歴史的文書を発見した。日清修好条規に基づき賠償金を清が支払っていることから、清が「沖縄は日本のものだ」と国際的に認識していた証拠であると指摘した。
最後に、橋口氏は「先住民論は沖縄県民全ての声を代表しているものではない」と断定。「何よりも戦後の信託統治反対運動で集まった22万人の署名こそ、県民が自らの意思で日本人であることを選び取った証左だ」と訴えた。「尚家は琉球処分によって東京に移り住んだが、ずっと沖縄の人々の安寧を祈っている」と伝え、「私たちは先人が築き上げてきた歴史的正当性を守り抜き、客観的な事実を次世代と世界に伝えていく役割がある」と語った。
同式典は日本沖縄政策研究フォーラムが主催し、「尚泰王(しょうたいおう)の真の願いに感謝を込めて」をテーマに開催された。





