3月16日、沖縄県名護市の辺野古沖で発生した転覆事故で明るみになった抗議船を使った〝平和学習〟について、沖縄左翼に詳しい、ラジオパーソナリティーで元那覇西高校PTA会長の手登根安則氏(62)に話を聞いた。手登根氏が長年現地で見聞きした内容には、長年放置されてきた〝平和学習〟の闇があった。(聞き手=沖縄支局・竹澤安李紗)

――なぜこのような事故が起きたのか。
本当に胸が張り裂けるぐらい悲しい事故だ。二度と繰り返してはいけない。
十数年前から生徒たちを反基地活動家の〝アジト〟に連れて来て、反基地活動家を講師に〝平和学習〟といって一方的な思想を刷り込むような活動が恒常化していた。「反基地無罪」「反戦平和」の前では、コンプライアンスという意識は一片もない。その延長で海にまで手を伸ばした。今回の事故は起こるべきして起こった事故であり人災だ。
以前、沖縄の県立高校は3年生を辺野古の違法テントの前に座らせ、今回、抗議船を運航する「ヘリ基地反対協議会」の会見で腕組みしていた安次富浩氏を講師として〝平和学習〟を行ったこともある。その際、これは教育ではないと感じ、県の教育長に苦情を入れた。彼らの言い分は、「反対意見だけではなく、他の意見も取り入れている」と言ったが、「その意見は何か」と問うと答えなかった。
◇政治の教育不介入
――〝平和学習〟が恒常化した原因は。
教育への政治の不介入がある。政治家がおかしいと思っていても、それを指摘すると政治の介入だと批判される。沖縄では〝平和学習〟は悪い意味で聖域となっていた。批判されて、メディアに取り上げられてしまうと、本人の政治家としての政治生命が失われてしまう。
だから火中の栗を拾う人たちがいなかった。私たちのような一般市民の声ではなくて、バッジをつけた責任ある立場の人たちが声を上げていれば、もっと早く状況は変わってただろう。しかし、残念ながら沖縄県内の政治家の中に、やはりそういった覚悟を決めて動いてくれる人は今までほとんどいなかった。

◇反基地無罪の感覚
そうした状況の中で、反基地活動家たちのコンプライアンス、遵法精神がどんどん薄れてしまった。自分たちはもう何をやっても許されるんだと。いわゆる「反基地無罪、反戦平和は免罪符」という感覚がまかり通ってしまった。
本来であれば彼らの仲間の議員が「生徒を船に出すのはちょっとまずいよ」と進言すべきだった。彼らは仲間を擁護はしても、仲間を諌(いさ)めることは絶対にしない。名護市安和で24年6月に起きたダンプ事故でも警備員が死亡したにもかかわらず、逆に国と警備会社を訴えた。彼らの頭の中は、自分たちは何も間違ってないということだけだ。
反基地無罪が強固になったのは、今から10年前。オール沖縄が沖縄の政治を握った時だ。彼らは私にこう言った。「オール沖縄にあらずんば沖縄県民にあらず」。つまり彼らに異論を呈するものは、沖縄の人間ではないと驕(おご)り高ぶりがあった。
今まで、彼らは当たり前に陸からの〝平和教育〟をやってきた。平和学習と言いながら、実態はもう「洗脳」だ。反基地活動家のアジトに連れてきて、反基地活動家の話だけを聞かせる。そして「沖縄は一方的に基地被害に苦しんでいる。沖縄は差別されている。新基地建設(辺野古移設)にみんな反対している」と、一方的なことを生徒たちに吹き込んできた。
これは修学旅行に連れてきた教師からしたら、自分たちの思想、いわゆる反日反米の思想を生徒たちに刷り込む最高のチャンスだった。反基地活動家は修学旅行の学習提供で何を得たかというと、「カンパ」だ。反基地活動家にもメリットがあった。手当とか料金とは言わない。あくまでも「カンパ」。彼らは「カンパ」という言葉を多用する。何をやっても「カンパ」と言う。

◇最大の支援国は中国
辺野古で反基地活動が始まった初期に、足を運び、辺野古の海側のフェンスに横断幕を付けていた40代女性から話を聞いたことがある。活動資金の提供先を聞くと女性は「新基地建設に反対する国内外の団体から支援がある」と言った。国外ではどこの国からが多いかと聞くと、「平和をこよなく愛する中国からの寄付が一番多い」と答えた。
続いて、全国の団体から送られてくる横断幕には大小あり、「カンパをいただいている」と女性は答えた。しかし、現在はフェンスに横断幕が張れなくなり、修学旅行の〝平和学習〟に力を入れ始めた。
例えば組織、美術館や芸術家アトリエなど、修学旅行の生徒らが行く施設は、いわゆる反戦派で反基地の思想がある人たちによって占められてしまう。同志社国際高校の修学旅行の他コースを見ても明らかだ。
◇カンパが反基地活動の資金源か
年間2000校も沖縄に修学旅行に来ており、それが反基地活動家たちの資金源になっていた可能性がある。大きな利権が絡んでいてもおかしくない。1校あたり300人が来るとしたら、大きな額になる。生徒らが民泊し、美術館に行く、違法テントに行く。そうした〝平和学習〟に誰も何も今まで言ってこなかったから、彼らは陸だけでなくて海にまで手を伸ばし始めた。
これまで反基地団体や労働組合、教職員組合が辺野古の視察に来て、ヘリ基地反対協議会に海を案内してもらっていた。沖縄県警も海上保安庁も国土交通省も、口を出せない。その中で彼らは増長していった。
同志社国際高の事件でも、「不屈」船長の故・金井創氏が学校側に海からの見学を提案したと言われている。それは決して今回の高校だけでなく、他の学校にも同じ話を持ち掛けていたと思う。彼らは抗議活動の片手間、〝平和学習〟を生徒たちに提供することで、彼らの活動資金を得る。そこにはコンプライアンスの意識はなかった。船を国土交通省の運輸局に登録もしない、保険もかけていないことから見てもコンプライアンスの欠如は明らかだ。
沖縄の方言で「なんくるないさ」という言葉をよく使う。これは「どうにかなるよ」という意味とよく捉えられるが、違う。その前に言葉がついている。「まくとぅそーけ、なんくるないさ」で、「正しいことをやれば結果はついてくる」が本来の意味だ。しかし、それを切り取って、なんくるないさだけが一人歩きしてしまった。彼らは陸で抗議をしても何の問題もない。だから海にまで手を伸ばした。

◇辺野古基金など寄付減少
ヘリ基地反対協議会は21年、ウェブサイトに「緊急カンパのお願い」ページを掲載。「カンパは、辺野古のテント運営、ゲート前テント維持管理、海上行動の船やカヌーの維持管理・燃料代」などに充てられたが、「コロナ禍で県外との行き来が閉ざされ、カンパは激減し、これまでにない財政ひっ迫」に見舞われているとある。
これまで同団体を支援してきた「辺野古基金」は26年3月15日時点で8億512万9371円の寄付金に対し、支援済金は8億315万662円とHPに記載。残りは197万8709円と、支援が減少している。寄付が減った背景には、反対運動にかかわらず辺野古移設工事が進められていることもあるようだ。
入手したヘリ基地反対協議会の内部資料「海上行動報告この1年」によると、「不屈」のエンジンは2025年4月に新しくしたが、「不屈基金」で募金を呼び掛けたとある。同団体もそこまで資金が不足していたという証拠だ。同志社国際高校は使用料として船員らに5000円ずつ支払っていると説明している。修学旅行の学習提供は、資金難にあった反基地活動団体による反基地ビジネスと言っても過言ではない。
沖縄左翼が多用する言葉に「命(ぬち)どぅ宝」という言葉があるが、私から言わせてみれば、命より「銭(じん)どぅ宝」だ。抗議活動で3人の命を失った。彼らには二度と「命(ぬち)どぅ宝」を使わないでほしい。
◇なぜ波浪注意報が発令中に船を出したか
現在、海保などが捜査を進めているが、同校が組織そのものに別途カンパが入ってた可能性もあると見ている。天候不良で出航を取りやめたらカンパを返さないといけないと、ちょっと無理してでも出せということになっていたのであれば、明らかな人災だ。
2級船舶免許を持っているから分かるが、サンゴのリーフで起きる白波は非常に危険だ。遠回りしたら燃料代が掛かる。白波が立つところは水中に多くの空気が入り、浮力が下がる。なぜ白波が見えていながら、船は危険なエリアを運航したのか。安全管理規程やコンプライアンスは人の命を守るためにある。反基地活動家にとって、コンプライアンスより反基地の思いが先行していたと言わざるを得ない。

◇命の重さ変える沖縄地元メディア
沖縄のメディアは今回の事故について追及が甘い。例えば、ヘリ基地反対協議会が16日夜に開いた会見で、向かって左端にいた事務局長の東恩納琢磨氏が、現職の名護市議であることを、沖縄地元2大紙の琉球新報と沖縄タイムスは報じなかった。共同代表の仲村善幸氏も元名護市議だ。右端にいた顧問の仲本興真氏の本業は行政書士で法律に詳しい人もいる。「お仲間の深掘りはしない」と指摘されても文句は言えないだろう。
沖縄メディアは、「何が起きたか」ではなく「誰が起こしたか」で報道の仕方も命の重さも変える。
1995年9月の沖縄米兵少女暴行事件では事件に抗議する「沖縄県民総決起大会」が開かれるほどの事態に発展したが、翌年に起きた名護市女子中学生拉致殺害事件では犯人が日本人で扱いが軽かった。
一方で、産経新聞が報じた「辺野古沖船転覆、遺族が現場海域に近い米軍基地内で献花 海保が仲介、被害者支援」という記事の内容は、琉球新報と沖縄タイムスは報じていない。また、ある反基地活動家がインタビューされた時に、「亡くなった女子生徒は辺野古の工事をやめてくれという思いで沖縄に来ただろう」と発言したという報道があった。沖縄のメディアや反基地活動家に心がないのかと思った。
「ちむぐくる」は沖縄の方言で「真心」「深い思いやり」のことだが、ちむぐくるがあるのは遺族の思いを汲み取った海保や米軍なのか、反基地活動活動家なのかを判断してほしい。
◇平和学習を根本的に見直せ
反基地活動家に預けて、両論併記しない平和学習は金輪際やめるべきだ。沖縄は被害者だとばかり伝える教育は変えないといけない。
平和学習を根本的に見直すべきだが、沖縄では残念なことに左寄りの教育がほとんど、両論併記で平和教育ができる組織がほとんど見当たらない。公平な平和学習を提供する団体を作るべきだ。

――過激な反基地活動を野放しにする県の姿勢に対してどう思うか。
沖縄県が国を相手に争った辺野古関連訴訟で県が敗訴したにもかかわらず、最高裁判決にも従わない現在の沖縄県政は、法治国家の中の行政府とは思えない。その県政は反基地活動家に寄り添い続け、公共の利益どころか命まで失う事態を招いた。
玉城デニー知事にとってオール沖縄は大切な支持者であるため、彼らを諌(いさ)めることは不可能だ。玉城氏が3月28日に予定していた県知事選出馬会見を取りやめたのも卑怯な姿に映った。本来なら知事は前面に出て問題点と原因を追及して、責任を果たすべきだ。
同志社国際高校の校長が玉城氏と面会したが、校長が会うべきは玉城氏ではない。現場で生徒を救助した海保、消防、地元の漁師の皆さんに感謝を伝えに行くべきだった。海保が即時に駆け付けなければ、全員が死亡していてもおかしくなかった。
沖縄は海が綺麗で良いところだが、同志社国際高校の生徒らは同級生が亡くなった沖縄にはもう来ないだろう。遺族はもちろん、生徒らが心からかわいそうで、安全管理を怠った運航団体と学校は罪深い。
――反基地活動に疑問を持ったきっかけは。
2004年の沖縄国際大学米軍ヘリコプター墜落事件があった当時のPTAの集まりで、平和活動をしているPTA会員が事件について「惜しかったね」と言ってきた。彼はニコニコしながら、「一人でも死んでくれたら普天間(飛行場)を動かせたんですけどね」と言ってきたことに対し、耳を疑った。その時、一部の反基地活動家にとっては、基地撤去が目的で、命は手段なんだなと気づいた。平和運動も平和教育も必要だ。しかし、それは正しい方法でなければいけない。本当の意味で、人の命を宝だと思っているのは誰か、気付いてほしい。






