トップ国内沖縄【NEWSクローズ・アップ】憲法改正は沖縄から(下)沖縄の議員は正しい安保観を 元沖縄県副知事 牧野浩隆氏

【NEWSクローズ・アップ】憲法改正は沖縄から(下)沖縄の議員は正しい安保観を 元沖縄県副知事 牧野浩隆氏

米軍普天間飛行場=沖縄県宜野湾市(竹澤安李紗撮影)
米軍普天間飛行場=沖縄県宜野湾市(竹澤安李紗撮影)

 時事通信の2月の世論調査で、憲法改正の国会論議について進展を「期待する」と51・4%が答えた。元沖縄県副知事の牧野浩隆氏は「改憲の議論は沖縄から喚起すべき」と主張する。

 石垣島出身の牧野氏はこれまで「なぜ沖縄に基地があるのか」と米軍基地問題に疑問を抱き、日本の国会図書館や米国の国立公文書館から公文書を取り寄せ、一次資料を基に戦後の沖縄を研究してきた。その中で分かったことは、「国内には、いびつな安全保障観が居座り、安保を自国の問題として熟慮することを阻害してきた」ことで、これは沖縄にも該当する。

 基地反対を訴えてきた革新勢力は、沖縄戦での「軍隊は住民を守らない」という教訓を語り継ぎ、政府の防衛力強化政策を「米国への追従」と非難し、「対話による外交努力を尽くせ」と展開してきた。現行憲法を「平和憲法」と捉え、改正には否定的な立場を取ってきた。

 牧野氏は「日米」2カ国のみの関係から把握する左派系の『対米従属論』的な見方は「独善的で一方的な見方だ」と一蹴する。中国やロシア、北朝鮮という予測の困難な核保有国に直面する日本は「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」にある。

 沖縄戦を経験し、戦後80年にわたって基地問題と直面し平和を訴えてきたのが沖縄県だ。日本が平和と安全を維持できるかは「沖縄県選出議員らが健全な安全保障観を身に付け、いかに県民を啓蒙(けいもう)できるかにかかっている」と牧野氏は強調。米国の神学者ラインホルド・ニーバーの祈りを引用し、「(憲法という)変えることのできるものを変える勇気を与えたまえ」と政界を鼓舞した。

 その上で、牧野氏は「沖縄経済開発が喫緊の課題だが、沖縄選出の議員らは、基地問題にどう対応していくかが問われている」と語る。沖縄の基地問題を①日米安保条約を受け入れるか②基地負担軽減③地位協定改定④普天間基地返還⑤跡地利用⑥南西シフト――に分類した。そもそも日米安保条約の意味を知らない議員や県民が多いと嘆く。

 「日米地位協定や日米安保条約の意味を知るには、戦後の国際秩序の歩みをたどる必要がある」と牧野氏は語る。19世紀に通用した実力で相手をねじ伏せる権力政治(パワー・ポリティクス)の考えや、軍事同盟を結ぶ勢力均衡(バランスオブパワー)の政策は、自国の利益を追求する自国中心主義が土台にあり、結果的に第1次世界大戦で未曽有の被害をもたらした。平和構築のための国際関係論という学問が生まれた。

 しかし、1929年に始まる世界恐慌で、植民地を持つ国が自国の経済圏に限定したブロック経済を採り、資源のない国が市場を求め39年に第2次世界大戦が勃発。戦争を回避するため「大西洋憲章」(41年)で集団安全保障体制の基礎が築かれた。この理念を基に45年成立した国際連合(国連)は、経済制裁に加え武力制裁も可能となった。

 その後、ソ連が民主主義陣営と対立。冷戦に備えるため49年にNATO(北大西洋条約機構)が結成された。米国がNATOに参加するためには、それまで掲げてきた欧州と米国の相互不干渉を原則とするモンロー主義を転換する必要があった。

 48年の米上院議会で行われたヴァンデンバーグ決議で二つの条件が示された。「自助努力」と「相互扶助」だ。つまり、援助を受ける国はまず自国の防衛力を高める努力をして、集団で防衛することを原則とした。

相互扶助で国際貢献果たせ

 戦後、米国は日本の非軍事化を進めたが冷戦で状況が一変。アジアで自由民主主義体制を防衛するため、集団安全保障体制の確立を迫られた米国は、日本が共産主義勢力下に陥らないよう画策を始めた。

 軍を持たない日本は自助努力と相互扶助ができない状況にあったが、吉田茂首相(当時)は極秘に再軍備を約束し〝暫定措置〟として安保条約と米軍の日本駐留を望んだ。米国は日本の再軍備を信じて日本と安保条約を結んだと牧野氏は説明する。この時に取り決められた「日米地位協定」が沖縄復帰後、現在も改定されずにいる。

 イラクのクウェート侵攻に端を発して起きた91年の湾岸戦争で、海外派遣できない日本は130億㌦の巨額を支出したが、国際的には「日本は人的貢献による国際貢献をしない国」と評価された。

 批判を受けた日本は、自衛隊海外派遣を可能とする法整備を行ったが、牧野氏は「政府は国民の安全保障観を改革するには至らなかった」と当時を振り返る。憲法によって平和が守られてきたという主張が今も根強いことについて、「日米安保と自衛隊の防衛力によって戦後80年の平和があった」と反論する。

 哲学者・田中美知太郎氏が使った「憲法と台風」を引き合いに、牧野氏は「台風を放棄すると憲法に書けば台風は来なくなるのか」と問い掛ける。日本が「平和の代償」について考える時が来た。日本は相互扶助できるようになって初めて重要な国際的貢献を果たせるのだ。

(竹澤安李紗)

憲法改正は沖縄から(上)日米地位協定改定の鍵に 元沖縄県副知事 牧野浩隆氏

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