トップ国内沖縄沖縄のため出撃した戦艦「大和」【美ら風】

沖縄のため出撃した戦艦「大和」【美ら風】

 太平洋戦争末期、世界最大級の戦艦「大和」は、沖縄を巡る最後の決戦に向けて出撃した。しかし、驚くことに、この史実を知らない沖縄県民は少なくない。沖縄戦の陰には、「沖縄を守ろう」という願いと共に海に消えた大和の姿があった。

 大和は全長263メートル、排水量6万5千トン。世界最大の主砲(46センチ砲)を備え、連合艦隊の象徴とされた。1941年に就役したが、航空機の発達によって出番は限られ、最後の任務を「特攻」に託されることになる。

 45年4月、米軍が沖縄本島に上陸したことを受け、日本海軍は「菊水作戦」を発動し、6日、大和はその主力として沖縄へと向かった。作戦は、沖縄近海で大和を座礁させて沿岸砲台にするという苛烈なものだった。

 大和はその艦内に、多量の食料や物資を積み込んでいたことが記録に残っている。米軍の猛攻で兵糧が途絶えつつあった沖縄に届けるためで、白米や缶詰、軍需品のほか、民間向けの生活物資も含まれていた。沖縄の人々の窮状を思い、物資補給を重視したという点は、あまり知られていない事実だ。さらに、大和の副砲や高角砲は米艦載機の迎撃だけでなく、沖縄に迫る艦船への砲撃を想定し、住民の背後を守る意図もあったとされる。

 しかし現実は厳しく、出撃から一夜明けた7日、鹿児島県坊ノ岬沖で米艦載機の猛攻を受け、爆弾と魚雷数十発を浴び、大爆発を起こして沈没。乗員約3千人が戦死した。

 この出撃には、戦局を覆す力はなかった。しかし、沖縄を守るための出撃であったことに間違いはない。地上戦に比べ、沖縄戦の海上で失われた命への注目は少ない。だが戦艦大和の出撃は、沖縄戦を考える上で欠かすことのできないエピソードの一つだ。

(K)

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