
第107回全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)は、沖縄県代表・沖縄尚学高校が西東京代表の日大三高を3―1で下し、見事、夏の甲子園での初優勝を成し遂げた。沖縄勢にとっては春夏連覇した2010年の興南高校以来、15年ぶりの栄冠で、沖縄勢2度目の夏の頂点に輝いた。
試合が始まると、沖縄県民の熱狂は各地で爆発した。大型商業施設や商店街、飲食店など、テレビがある場所はすべて“スポーツバー”と化し、多くの人々が中継を見守った。優勝決定の瞬間には歓声、万歳、拍手が街中の至る所で鳴り響き、沖縄の祝いの踊り「カチャーシー」も飛び出し、まさに「島全体が沸いた」瞬間となった。
夏の甲子園で沖縄が勝ち進むと、「街から車の姿が消える」とよく言われるが、記者はまさにその歴史的瞬間に立ち会うことができたわけだ。
沖縄県民がこれほどまでに甲子園に熱狂するのは、一体なぜなのだろうか。その背景には、沖縄の歴史と共同体意識が深く結び付いていると記者は考える。沖縄の高校が全国の強豪と対等に戦えるようになったのは1970年代以降のこと。島から遠く離れた甲子園に立ち、全国に存在感を示すことは戦後復興と祖国復帰を経験した県民にとって大きな誇りとなったに違いない。
県内にプロ球団がない沖縄では、甲子園の出場校こそが県を代表するチームに位置付けられ、県民の「地元愛」がすべてそのチームに注がれる。これは沖縄ならではの強烈な地域アイデンティティーの表れだといえる。
球児たちの一挙手一投足に一喜一憂し、島の誇りを懸けて応援する県民の姿は、他府県出身者としては心底うらやましくも感じた。
(K)






