トップ国内沖縄那覇で祖国復帰53周年集会 沖縄県設置は「正しい決断」 琉球王家末裔の尚衞氏

那覇で祖国復帰53周年集会 沖縄県設置は「正しい決断」 琉球王家末裔の尚衞氏

「先住民族」勧告、毅然と反論を 「分断煽る動き」に危機感

万歳三唱で祖国復帰を祝う参加者ら=5月24日、那覇市の男女共同参画センターてぃるる
沖縄県は5月15日、祖国日本に復帰して53周年を迎えた。これに合わせ同月24日、那覇市内で開かれた復帰記念集会に、琉球王家の末裔(まつえい)で第二尚氏第23代当主の尚衞(しょうまもる)氏が出席した。尚氏は1879年の沖縄県設置について、「尚家を守ることよりも、琉球の民の幸福を願った尚泰王(第19代)の正しい決断だった」と述べた。また、国連で「沖縄県民は先住民族である」とする決議勧告が出された事などに危機感を示し、「歴史を無視したもので、毅然(きぜん)と反論すべきだ」と語った。(沖縄支局・川瀬裕也)

1879年、明治政府は琉球藩を廃止し沖縄県を設置した。清国(現在の中国)との朝貢関係を断絶させ、日本への帰属が確定した「琉球処分」と呼ばれるこの出来事について、現在も評価が分かれている。近代日本国家の一体化の一部として正当な措置と捉える見方がある一方で、当時琉球処分に反対する勢力が「琉球独立」を掲げ、清国に亡命した(後に「脱清人」と呼ばれる)ことなどから、植民地支配的性格を帯びた「日本による琉球の解体」と主張する論調も見られる。

そのような中で開かれた集会「沖縄県祖国復帰53周年記念祭典~平和への誓い!自衛隊への感謝と沖縄の未来~」で、尚衞氏は、「琉球処分」について、「(琉球の)『滅亡』ではなく、日本という国家への統合を選択した結果だ」と振り返り、当時の尚泰王の判断は「正しい決断だった」と評価した。

あいさつする尚衞氏=5月24日、那覇市の男女共同参画センターてぃるる

国連の自由権規約委員会や人種差別撤廃委員会などが日本政府に対し「琉球・沖縄の人々を先住民族と認めて、その権利を保障するべき」との勧告をこれまでに計6回出していることなどについて、尚氏は、沖縄県民は「先住民族ではなく日本人だ」と明言。勧告を利用した、「(県民の)分断を煽(あお)る動き」に危機感を示した上で、「毅然と反論すべきだ」と呼び掛けた。

集会では、一般社団法人日本沖縄政策研究フォーラムの仲村覚(さとる)理事長も登壇し、祖国復帰運動について、「戦争で失った沖縄の領土を27年ぶりに、自衛隊の力で守るとの決意があった上で返還交渉が進んだ」と、自衛隊への感謝を語った。その上で、復帰当時、ドルを円に換えるための現金輸送任務を自衛隊が担った歴史や、離島の救急患者空輸任務を米軍から自衛隊が引き継いだ歴史などを紹介した。

また、県内若者を代表して比嘉希成さんと新城ひなたさん(共にKBC学園沖縄大原簿記公務員専門学校2年)が「引き継ぐべき先人の志と切り拓く沖縄の未来」をテーマにスピーチを披露した。比嘉さんは「先人の方々は、決して異民族支配下のかりそめの自由に甘んじることなく、沖縄県民の誇りを取り戻すために戦った」と復帰運動への感謝を語り、「私たちも、沖縄が永遠に日本の一部として平和で繁栄し続けるために力を尽くしていかなければならない」と熱く語った。

このほか、陸上自衛隊第15音楽隊や女性アーティストらによる歌と演奏が会場を盛り上げた。最後には参加者全員によるカチャーシーと万歳三唱で復帰53周年を祝った。

会場を盛り上げる陸自第15音楽隊や女性アーチストら=5月24日、那覇市の男女共同参画センターてぃるる

尚衞氏の発言要旨

1879年の沖縄県設置は、第19代尚泰王が激動の国際情勢の中、沖縄の民の未来を見据え、日本への帰属を選んだ歴史的決断だ。これは「滅亡」ではなく、日本という国家への統合を選択した結果だ。尚家を守ることよりも、琉球の民の幸福を願った尚泰王の正しい決断だった。

祖国復帰運動の原点の一つに、米軍統治下で歴史を教える先生方の「自分たちは何人なのか」という問いがあった。将来の子供たちに日本人としての教育を施したいという強い思いが、日本への帰属を選択する力となった。

沖縄の人々のDNAをひもとくと先住民族ではなく日本人だ。国連の誤った勧告や「沖縄は中国のもの」との主張は歴史を無視したもので、毅然と反論すべきだ。郷土愛は大切だが、尚家一門はそれを利用した分断を煽る動きに与(くみ)してはならない。

現在、台湾有事など、沖縄を取り巻く安全保障環境は厳しさを増している。日本は唯一の被爆国として、また沖縄は国内唯一の地上戦の地として、平和を提唱し続ける義務がある。日本国民としての誇りを持って正しい選択をしてほしい。

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