「拉致は一人では絶対に無理だ。もっと言えば、現地の協力者が不可欠になる」
漫画『俺Antif@拉致ゲーの強制イベントから逃げられません。』(『拉致ゲ』)を描く上で、作者の富田安紀子さんが「これは取り扱わなければ」と実感したのが、「土台人(どだいじん)」と呼ばれた在日朝鮮人の協力者たちの存在だという。

土台人は拉致候補者の情報提供を行い、ターゲットとなった日本人を誘い出す芝居にも手を貸した。その一方で、作中では不満を抱いた土台人らに襲撃され、主人公である北朝鮮工作員が危うく「ゲームオーバー」になりかけるなど、工作員と土台人が必ずしも一枚岩でなかったという解釈で描かれている。
富田さんは土台人が拉致に協力した背景に、北朝鮮への帰還事業があったと指摘する。1959年から84年にかけて、在日朝鮮総連やマスコミは北朝鮮を「地上の楽園」と盛んに宣伝。9万3000人以上の在日朝鮮人や日本人妻を含む家族らが北朝鮮に渡った。「これをきっかけとして北朝鮮側に家族を人質に取られ、拉致に協力させられた。土台人もある意味では拉致の被害者だった」と富田さんは強調する。
漫画内では主人公が裏切り防止のため、平壌にいる肉親を人質に土台人を脅す場面が出てくるが、「弱みを握られて、被害者が加害者へとスライドしていく」(富田さん)姿は、ただ拉致関連の資料を読むだけでは伝わってこない生々しさがあり、漫画という表現媒体ならではのインパクトを読者に与えている。
『拉致ゲ』を出版した晩聲社(ばんせいしゃ)の会長で、在日三世の成美子さんも作中で描かれた「北朝鮮への帰還事業」の描写に深い感銘を受けたという。「私の家庭も少し間違えば、北朝鮮に帰っていたかもしれない」と言う成さんは「大きく見ればこれも拉致のようなもの。帰還事業が拉致の根幹にあったとしっかり描いたことに敬意を表したい」と語った。
さらに『拉致ゲ』では土台人だけでなく、日本人拉致に進んで協力した日本人の存在にも触れている。日航機「よど号」をハイジャックし、北朝鮮へと渡った共産主義者同盟赤軍派メンバーだ。「主体思想をマスターした日本人工作集団」として漫画内に登場した彼らには、平壌郊外に「日本革命村」が用意され、日本人の花嫁も「調達」された。
花嫁の一人だった八尾恵は、チュチェ思想研究会に入会後、在日朝鮮人から北朝鮮で社会主義を学ぶよう誘われ、77年に訪朝。八尾本人は短期滞在のつもりだったという。富田さんは「革命村の花嫁」たちを「各自の下敷きはあるにせよ」とした上で、「赤軍派にささげられた生贄(いけにえ)であり、これもまた拉致の一つの形態」と訴える。
やがて「革命村の花嫁」たちも、土台人たちと同じく加害者へと転じていった。具体的な事例として作中で触れられたのが、ヨーロッパで語学留学中だった有本恵子さん=83年拉致当時23歳=のケースだ。
留学生を装い、有本さんに声を掛けたのが八尾だった。ハイジャック犯リーダーの指示を受け、革命人材となる日本人獲得のため、ヨーロッパで活動していた。漫画では偽の仕事を紹介された有本さんが、北朝鮮に向かう直前、八尾と仲睦(なかむつ)まじく会話やショッピングを楽しむ姿が描かれた。フィクションとはいえ、楽しげな二人の姿を見るとやるせない思いを抱かずにいられない。
帰還事業、拉致工作員逮捕後の不起訴、よど号ハイジャック犯への対応など、日本政府の多くの失策が拉致の拡大につながっていったと言及する富田さんは「草の根運動も大事だが、それだけで解決は無理だ。国際問題なのだから、必ず政治家たちがどこかで関わらなければならない」と訴えた。(石井孝秀)







