トップ国内【連載】自民圧勝 ’26衆院選から探る(2)旧民主党時代の終わり

【連載】自民圧勝 ’26衆院選から探る(2)旧民主党時代の終わり

開票センターを退席する中道改革連合の野田佳彦共同代表(左)。右は斉藤鉄夫共同代表=8日夜、東京都港区
開票センターを退席する中道改革連合の野田佳彦共同代表(左)。右は斉藤鉄夫共同代表=8日夜、東京都港区

 衆院選で自民党が歴史的な勝利を収めた一方で、小沢一郎、枝野幸男、岡田克也、馬淵澄夫、海江田万里、安住淳各氏ら旧民主党政権時代に幹部や閣僚を務めたベテランが多く落選し、一時代の終わりを感じさせた。

 国民民主党の榛葉賀津也幹事長は選挙戦最終盤の6日、大阪市で行った演説で「野党第1党が崩壊しちゃった。自爆しちゃったよ。1+1を3にするって言っていたが、0・5になった」と揶揄(やゆ)した。立憲民主党と公明党が合流してできた中道改革連合の苦戦が伝えられたことについて、「民意を見誤ると、どんな大きな政党でも壊れる」と警鐘を鳴らしたが、結果はそれ以上の惨状だ。

 中道の野田佳彦共同代表は、応援演説でも党首討論会でも、口を開けば自民批判ばかりだった。野田氏は1日、東京・渋谷駅前で行った応援演説の約半分に、自民の政治とカネの問題や高市早苗首相批判に費やした。演説を聞いていた若い男性は「聞いていてあまり気分のよいものではない」と苦言を呈した。

 中道が惨敗した原因に、公約に共感が得られなかったことに加え、政策のぶれが挙げられる。原子力発電所の再稼働や集団的自衛権の行使など安全保障政策の矛盾だ。中でも結党大会が行われた1月22日は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先として注目されている同県名護市長選が行われている最中だった。

 辺野古移設に反対していた沖縄選出の立民系議員は猛反発。結果、中道はすぐに政策を曖昧にしたが、それがかえって信念なき選挙目当ての野合であるという印象を強めた。

 社会党の村山富市氏を首相とする自民、社会、新党さきがけの連立政権が誕生した1994年の時と状況が似ている。村山氏は当時、「自衛隊は違憲」とする党の主張を放棄して「合憲」に方針転換。翌年に行われた参院選で社会は大敗した。

 立民が政策面で公明に譲歩した代償は大きい。だが、それ以上に、小選挙区と比例代表の振り分けが、党の禍根を残すことになった。

 公明系は立候補者全員が当選した。各ブロックで比例単独立候補し、公示前を上回る28議席を得た。これに対し、大所帯だった立民系の当選はわずか21人にとどまった。“指定席”ともいえる比例の座を公明系に簡単に譲った野田氏に対する批判がくすぶるのは当然だ。

 8日午後8時すぎ、中道の開票センターに現れた野田氏と斉藤鉄夫共同代表の表情や発言には違いがあった。

 野田氏は、重い口を開いて「万死に値する大きな責任だと思っている。痛恨の極み」と辞職をにじませた。これに対し斉藤氏は、「試みを失敗させてはいけない。そのためにはこの新しい党が大きく育つようにサポートしていかなくてはならない」と前を向いた。

 党勢回復のシナリオは見通せない。立民系にとっては、党に残るにしても党を割るにしてもいばらの道が待っている。仮に公明系と離別した場合、立民系は国民民主(28議席)に次ぐ野党第3党になり、影響力も存在感も低下する。

 9日の記者会見で野田氏は「どうしても時代遅れ感が2人(野田氏と斉藤氏)に付きまとっていた」と、自嘲気味に敗因を説明した。昨年の参院選で玉木雄一郎国民民主代表、神谷宗幣参政党代表ら党の「顔」を前面に出し、今回の衆院選では高市氏が夢を語って議席を大きく増やしたのとは対照的だ。

(衆院選取材班)

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